先日、年商3億円ほどの建設業の社長からこんな連絡がありました。「保険代理店から『そろそろ解約して退職金に充てましょう』と言われたんですが、試算を見たら思ったより手元に残らなくて……」という内容でした。
詳しく話を聞いてみると、毎年800万円の保険料を10年間払い続け、累計8,000万円を投じた経営者保険を来年解約しようとしているとのこと。解約返戻金の試算は約7,200万円。一見800万円の損に見えますが、問題はここからです。
2019年以降、法人保険の「節税」という常識が覆された
法人保険といえば、かつては「保険料を損金算入しながら退職金も準備できる一石二鳥の策」として多くの経営者に勧められてきました。しかし2019年6月の国税庁通達改正で、その前提が根底から変わっています。
改正後のルールでは、解約返戻率が70%を超える法人保険は損金に算入できる割合が大幅に制限されます。返戻率85%超の保険になると、保険料のうち損金にできるのは2割前後のみ。残り8割は資産として計上し続けるだけで、税負担の軽減にはなりません。
「節税になると聞いて入ったのに」という社長は後を絶ちませんが、実態は節税ではなく課税の繰り延べに過ぎないケースがほとんどです。払った保険料のほとんどが「将来課税される資産」として積み上がっていくだけなのです。
解約したとき、いくら課税されるか知っていますか
出口で何が起きるかを、先ほどの社長の例で見てみましょう。
10年間で支払った保険料8,000万円のうち、損金算入できたのは約20%の1,600万円。残り6,400万円は資産計上されています。解約返戻金が7,200万円とすると、資産計上累計額との差額800万円が雑収入として益金算入されます。この数字だけ見れば「たいしたことない」と感じるかもしれません。
ところが、加入条件や返戻率の設定によっては、この解約差額が3,000万円を超えるケースも珍しくありません。そして問題は、その課税がたった一つの「タイミングのズレ」で一気に発生するという点です。
退職金との「同期」がすべてを決める
法人保険の出口戦略として語られるのが、社長退職のタイミングに合わせて解約し、解約益を退職金で相殺する方法です。退職金は損金算入できるため、うまく重ねれば税負担を大きく抑えられます。
ただし、この相殺が機能するのは解約と退職金支払いが同じ事業年度に重なったときだけです。
よくあるのが「解約は今期に済ませたが、退職金の支払いは翌期に」というパターン。この場合、解約益だけが当期に丸ごと課税され、退職金の損金算入は翌期にズレ込みます。解約差額が3,000万円あれば、法人税だけで1,000万円近くが追加で発生することになります。一年の差が、それだけの金額を動かすのです。
さらに注意が必要なのが、退職時期の変更です。「65歳で退職するつもりで設計したのに、体調の都合で60歳に変更した」となると、返戻率がまだ低い段階で解約せざるを得ず、そもそもの設計が崩れてしまいます。
法人保険は「ツール」であって、「節税策」ではない
誤解のないようにお伝えすると、法人保険そのものが悪いわけではありません。経営者の万一に備えた事業継続資金、退職金の積み立て原資、事業承継の準備といった用途では確かに機能します。
問題は「節税になるから」という動機で加入し、出口設計を保険代理店任せにしてしまうことです。保険代理店は保険販売のプロですが、法人の収益見通し・役員報酬の設計・退職金の適正額・相続対策との連動といった総合的な税務判断は、税理士が担うべき領域です。加入時だけでなく、少なくとも3年に一度は保険設計を税理士と一緒に見直すことをおすすめします。
まだ間に合う。今期中に現状を確認してください
すでに法人保険に加入している社長は、まず3つのことを確認してみてください。現在加入中の保険の解約返戻率と資産計上累計額を保険証券から把握すること。自分の退職予定時期と返戻率のピーク時期がずれていないか確認すること。そして税理士に「出口でいくら課税されるか」のシミュレーションを依頼すること、以上です。
法人保険は加入後の管理がすべてと言っても過言ではありません。「何となく払い続けている」という状態が一番危険です。払い続けてトータルでマイナスになる前に、今期中に一度、担当の税理士に現状整理を依頼しておくことを強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。