先日、製造業を営む社長からこんな相談を受けました。「退職金を税理士に任せていたのに、税務調査でいきなり1億円以上を否認されました。どうすればよかったんでしょう?」——残念ながら、その時点ではもう手遅れでした。
退職金は「多く出せばいい」という話ではありません。きちんとした根拠がなければ、税務署に認められないどころか、追徴税額が数千万円に膨らむこともあります。今日は、その具体的なケースと、事前に知っておくべき知識をお伝えします。
年商15億の社長に起きた、リアルな悲劇
製造業で年商15億円を達成した田中社長(仮名)は、長年会社を支えてきた自分へのご褒美として、役員退職金を2億円で計上しました。顧問税理士のアドバイスに従ったつもりでしたが、その根拠が「なんとなく」だったことが命取りになりました。
税務調査が入ったのは、退職金を支払ってから約1年後のこと。調査官が最初に確認したのは「功績倍率の根拠は何ですか?」という一点でした。用意できる書類がなく、同業他社との比較データもない。結果として、2億円のうち1億2千万円が損金として認められず、追徴税額は約5千万円にのぼりました。
退職金の適正額は「計算式」で決まる
役員退職金の適正額には、税務上の目安となる計算式があります。
最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
たとえば、月額報酬150万円、勤続30年、功績倍率3.0であれば、1億3,500万円が目安の上限になります。この式自体はシンプルですが、問題は功績倍率をいくつに設定するかです。
代表取締役の場合、功績倍率の上限は3.0が目安とされています。ただし「上限が3.0だから3.0を使えばいい」という話ではありません。3.0を使うためには、それを正当化する根拠が必要です。税務署はその根拠を見てくるのです。
功績倍率3.0を「守る」ために必要な3つの準備
田中社長のケースで足りなかったのは、書類と手続きの準備でした。退職金を受け取る前に、次の3点を整えておく必要があります。
まず、同業・同規模の他社の退職金規程を複数収集しておくことです。業界団体の調査データや、公開されている同業他社の事例を集めておくことで、「業界水準として妥当な金額だった」という説明ができるようになります。
次に、在任中の業績・会社成長の実績を数値で記録しておくことです。「就任当初の売上高は3億円だったが、退任時には15億円まで成長させた」「新工場を建設し、従業員数を3倍にした」といった具体的な数値が、高い功績倍率を正当化する証拠になります。社長の「頑張り」を感覚ではなく数字で語れるようにしておくのがポイントです。
そして最も重要なのが、退職金規程を事前に整備し、株主総会で決議しておくことです。退職するタイミングになって慌てて規程を作っても、税務署には「後付け」と見なされるリスクがあります。在任中から規程を整え、正式な決議を経て支払うことで、手続き面の正当性が担保されます。
「任せっぱなし」が一番危ない
田中社長が後悔していたのは、金額よりも「何も知らなかった自分」に対してでした。顧問税理士を信頼することは大切ですが、社長自身も最低限の知識を持っておくことが、会社を守ることにつながります。
特に退職金は、会社の歴史を締めくくる一大イベントです。「もらえればいくらでもいい」ではなく、「適正な金額を、根拠を持って受け取る」という姿勢が、最終的に会社と社長の両方を守ります。
退職まであと5年以上あるなら、今から準備を始めるのがベストです。退職金規程の整備、業績データの蓄積、同業他社との比較——これらは一朝一夕では揃いません。早めに専門の税理士と一緒に設計を進めておくことを、強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。