先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。
「息子に社長を譲って、自分は会長に退くタイミングで退職金を出そうと思っている。問題ないよね?」
結論から言うと、やり方を間違えると億単位の退職金がまるごと否認されるリスクがあります。この「分掌変更による退職金」は、うまく設計すれば合法的な節税になる一方で、税務調査で真っ先に狙われるスキームのひとつでもあります。今日はその落とし穴を3つ、正直にお伝えします。
職務が変わっていなければ、給与を下げても意味がない
分掌変更で退職金を出すためには、税務上「実質的に退職したと同様の事情がある」と認められる必要があります。その判断基準のひとつが役員報酬を概ね50%以上削減していることです。
ただし、給与を下げるだけでは不十分です。税務署が本当に見ているのは「実態として経営から退いているかどうか」という点。
会長になっても引き続き取引先との契約交渉に顔を出している、銀行との窓口になっている、重要な経営判断に関与している——こうした実態が残っていると、給与を半分以下に下げていたとしても「実質的な退職には当たらない」と判断されます。肩書きと実態のギャップが、そのまま否認リスクに直結するわけです。
退職金の「金額」も審査される
次に注意したいのが、退職金そのものの金額設定です。役員退職金は一般的に、以下の算式で計算されます。
最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
この功績倍率が3倍を超えてくると「過大退職金」として損金不算入になるリスクが高まります。たとえば月額報酬150万円、勤続30年の社長が功績倍率3.5倍で退職金を設定すると、総額は1億5,750万円。このうち税務署に「過大」と判断された部分は損金に算入できなくなり、法人税の追徴課税が生じます。
「うちの社長はそれ以上の貢献をしてきた」という気持ちはよく分かりますが、税務上の合理性を説明できる根拠がなければ、感情論は通りません。同業他社の水準や、会社への具体的な貢献内容を数字で示せるようにしておくことが大切です。
書類がなければ、すべてが「なかったこと」になる
3つの落とし穴のなかで、最も多くの否認につながっているのがこれです。事前の議事録・証拠書類の不備。
役員報酬をいつから変更したのか、どのように職務範囲が変わったのか——これらが取締役会の議事録や株主総会の決議書として明文化されていなければ、税務署はそのスキーム自体を認めません。
実際に、退職金として1億円以上を支払ったにもかかわらず、議事録の日付が曖昧だったり、変更後の職務内容が書かれていなかったりしたことで、全額否認された事例は複数あります。数千万円の追徴税額になることもあります。
「証拠書類なんて形式的なもの」と思いがちですが、税務の世界では「書いていないことは存在しない」と考えるくらいの意識が必要です。
実行する前に設計が9割
分掌変更による退職金は、正しく設計すれば会社にとって大きなメリットがある手法です。長年会社を支えてきた創業社長への正当な報酬であり、法人の利益を合法的に圧縮できる手段でもあります。
ただし、その効果を最大化するには「実行前の設計」がすべてです。
- 分掌変更のタイミングと役員報酬削減の時期は合っているか
- 職務実態の変更を客観的に説明できる状況を整えているか
- 功績倍率の根拠となる資料を揃えているか
- 議事録・決議書のフォーマットと保管方法は適切か
これらを事後的に整えようとしても、税務調査の場では「後づけ」と見なされます。退職の数年前から計画的に動いておくことが理想です。
世代交代や事業承継を考えているなら、今すぐ顧問税理士や専門家に相談して、スキームの全体像を設計しておくことをおすすめします。「そのうちやろう」が一番リスクを高める選択肢です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。