先日、シンガポール移住を計画していた経営者の方からこんな相談を受けました。「来年、家族ごと移住する予定なんですが、税金ってどれくらい減りますか?」
正直、背筋が凍りました。その方、上場株式の含み益が2億円近くあったんです。
移住で節税になるどころか、移住した瞬間に1億円近い税金が飛んでくる可能性がある状態でした。ギリギリで気づいてよかったのですが、もし移住後に発覚していたら……と思うと、今でもヒヤリとします。
海外移住を使った節税スキームへの関心が高まる一方で、「出国税」の存在を知らないまま動いてしまう方が後を絶ちません。今回はその落とし穴を3つ、具体的にお伝えします。
その株、売っていなくても課税される
2015年に導入された「国外転出時課税」、通称「出国税」という制度があります。1億円以上の対象資産(株式や投資信託など)を保有したまま海外へ移住する場合、実際に売却していなくても、出国時点の含み益に対して所得税が課税されるという仕組みです。
税率は最大約20.315%。含み益が1億円なら、約2,000万円の税負担が生じます。2億円なら4,000万円超。資産を手放していないのに、これだけのキャッシュを求められるわけです。
対策の鉄則は、移住前に含み益を圧縮しておくこと。含み損のある銘柄と損益を通算したり、計画的に利益確定して税率の低い年度に分散したりと、移住の1〜2年前から逆算して動く必要があります。「来月移住するんですが」と相談に来ても、できることが限られてしまうのが現実です。
猶予制度は「使うだけ」では意味がない
「納税猶予制度があるから大丈夫」と思っている方も要注意です。確かに出国税には、最大5年(延長申請すれば10年)の納税猶予制度があります。すぐに払わなくてよいというのは、キャッシュフロー的に助かる仕組みです。
ただし、この制度は使えば終わりではありません。毎年の継続届出書の提出が義務付けられており、一度でも手続きを漏らすと猶予が即座に失効します。失効した瞬間、猶予されていた税額が全額確定し、利子税まで乗っかってくる。億単位の話が、書類一枚の漏れで一気に現実になるわけです。
海外在住中は日本の手続きに意識が向きにくくなります。現地での生活や事業に忙殺される中で、日本の税務手続きのカレンダーを管理し続けるのは、思っている以上に難しい。信頼できる国内の税理士と連携し続ける体制が、移住前から必須です。
「5年で帰れば戻る」は条件次第
出国税でもっとも誤解が多いのが、この5年ルールです。出国後5年以内に帰国し、出国時に課税対象となった資産をまだ保有していれば、課税が取り消される場合があります。「じゃあ5年以内に帰国すればいいじゃないか」と考える方も多いのですが、これが単純ではありません。
取り消しが認められるためには複数の条件があり、資産の種類や処分状況によって扱いが変わります。移住後に資産を一部売却していた場合や、現地で組み替えをしていた場合は、帰国しても取り消しの対象外になることがある。さらに移住先の国でも課税されていれば、二重課税が発生するリスクも出てきます。
「5年で帰れば問題ない」というざっくりした理解のまま動くのは、非常に危険です。帰国時の課税関係まで含めて、移住前にシミュレーションしておく必要があります。
移住の「節税効果」は設計次第
海外移住が節税になるケースは確かにあります。ただそれは、出国税の問題をクリアした上での話です。含み益の処理、猶予制度の活用可否、帰国シナリオ、現地の税制との兼ね合い——これらを総合的に設計して初めて、移住による節税効果が生まれます。
「移住=節税」という単純な図式で動き始めると、むしろ移住前より税負担が増えるケースも珍しくありません。
海外移住を検討しているなら、できれば2〜3年前から動き始めてください。含み益の圧縮、資産構成の見直し、移住先の税制調査、国内外の専門家との連携体制の構築——やることは想像以上に多く、時間が必要です。
移住後に「こんなはずじゃなかった」とならないために、まず現状の資産と含み益を整理するところから始めてみてください。それだけで、見えてくるリスクがきっとあるはずです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。