先日、ある経営者からこんな話を聞きました。
「取引先の社長、シンガポールに法人を作って毎年3億近く節税しているらしいんです。うちも同じことできますか?」
正直に言うと、この質問には「できる」とも「できない」とも、一言では答えられません。それだけ複雑で、かつリスクのある話だからです。
今日は、海外法人を使った節税の本質と、なぜ多くの税理士がこの話を積極的にしないのか、その理由をお話しします。
数字で見る、海外法人節税のインパクト
課税所得が10億円規模の会社を例にとります。日本での法人税等の実効税率は約30〜35%ですから、税負担は3〜3.5億円になります。
一方、シンガポールの法人税率は17%。知財の使用料収入や持株会社からの配当を活用した構造を組めば、実効税率をさらに下げることも理論上は可能です。差額は単純計算で年間1〜3億円規模になることもあります。
「なぜ日本の税理士はこれを教えてくれないんだろう」と思ったことはないでしょうか。理由はいくつかありますが、最も大きいのは「失敗したときのリスクが甚大だから」です。
国税が最重点で監視する「外国子会社合算税制」
日本には、租税回避防止のために「外国子会社合算税制」という仕組みがあります。通称「タックスヘイブン対策税制」とも呼ばれます。
簡単に言うと、「海外に作った法人に実体ある事業がない場合、その所得を日本法人の所得として合算して課税する」というルールです。
海外法人を設立するだけで自動的に節税になるわけではありません。国税当局は、それがペーパー会社かどうかを徹底的に調べます。現地に本当の事業活動があるか、従業員はいるか、意思決定は現地で行われているか——そういった点を丁寧に確認してきます。
これが否認されると、せっかく海外に移した利益が日本で全額課税されるだけでなく、過少申告加算税や延滞税まで加算されます。節税どころか、大幅な追徴課税という最悪の事態になりかねません。
成功する構造には3つの条件がある
では、合法的に海外法人節税を機能させるにはどうすればいいか。国際税務の実務で見てきた限り、以下の3点が欠かせません。
① 現地に実体ある法人を作る
賃借オフィスがあり、現地スタッフが働き、実際のビジネス意思決定が現地で行われている状態が必要です。「登記だけシンガポール」では通用しません。社長が年に数回渡航して「拠点がある」という状態も、税務調査では容易に否定されます。
② 移転価格文書を整備する
日本法人と海外法人の間で取引がある場合(例:特許ライセンス料、サービス対価など)、その取引価格が「独立した第三者間でも同じ価格になる」ことを文書で証明しなければなりません。これを移転価格文書と呼びます。年商50億円を超える規模では文書化義務が法律で課されており、未整備のまま調査に入られると非常に不利な立場に置かれます。
③ 経済合理性を立証できる
「なぜシンガポールに法人を置く必要があるのか」という問いに、税務上の理由以外の経済的な根拠で答えられることが重要です。アジア市場への展開、現地での資金調達、グローバル人材の採用など、節税以外の正当なビジネス目的がなければ、実質的に否認されるリスクが高まります。
「教えてくれない」本当の理由
冒頭の問いに戻ります。日本の税理士の多くは、国内税務のプロです。国際税務は専門性が全く異なり、移転価格や外国税額控除、各国との租税条約など、習得すべき知識の範囲が膨大です。中途半端な知識でアドバイスして、クライアントが追徴課税を受けることを最も恐れているのです。
また、ごく一部の「海外法人で節税しましょう」という話の中には、実体のないペーパー会社スキームや、脱税と紙一重の手法が混じっていることも事実です。真面目な税理士ほど、このリスクを知っているので慎重になります。
検討する価値があるのはどんな会社か
一般的な目安として、国際的な節税戦略の検討が現実的になるのは、課税所得が5億円以上の規模からと言われています。それ以下だと、コンサルフィーや現地の維持コスト、専門家報酬などを差し引くとメリットが出にくいからです。
すでに海外との取引があったり、海外展開を本気で考えているビジネスモデルであれば、より自然な形で構造を作れます。「節税のためだけに海外法人を作りたい」という動機スタートは、かえってリスクが高くなります。
次のアクション
海外法人節税に本気で興味があるなら、まず国際税務を専門とする税理士に相談してみてください。国内税務が専門の先生に聞いても「難しい」「リスクがある」という回答しか得られないことが多く、それは間違いではないのですが、専門家に当たるとまったく違う景色が見えることがあります。
焦って動く必要はありませんが、課税所得が大きくなればなるほど、一度プロと話してみる価値は十分あると思います。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。