先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。

「退職金を1億円にしようと思っているんですが、何か問題ありますか?」

金額だけ決めて終わり、という状態でした。これ、税務調査で否認されるパターンの典型例です。退職金は金額の大きさではなく、算定根拠があるかどうかが勝負なのです。

退職金の「適正額」は公式で決まる

役員退職金には、税務上おおむね認められている計算式があります。

最終月額報酬 × 在任年数 × 功績倍率

これが「功績倍率法」と呼ばれる算定方式です。実務では最もよく使われていて、裁判例でも繰り返し認められてきた考え方です。

功績倍率には役職ごとの目安があり、代表取締役であれば最大3.0まで認められています。専務・常務は2.0〜2.5、平取締役は1.5〜2.0というのが一般的な水準です。

月額報酬200万円・在任20年の代表取締役であれば、計算上の上限は 200万円 × 20年 × 3.0 = 1億2,000万円。これが全額損金算入できるとなれば、法人税率33%で計算しても4,000万円近い節税効果になります。

「3.0」は自動的に認められるわけではない

ここが多くの社長が誤解しているポイントです。代表取締役だから功績倍率3.0でOK、という話ではありません。

税務調査で3.0を主張するには、なぜその会社の社長が3.0に値するのか、という根拠を事前に揃えておく必要があります。具体的には次の3点が重要です。

  • 在任中の業績貢献の記録:売上推移、新規事業の立ち上げ、社員数の変化など
  • 会社規模・業種に応じた妥当性:資本金、従業員数、業界内でのポジション
  • 同業他社との比較資料:退職金水準の比較データ(国税庁の統計や業界団体の資料が使えます)

調査官に「なぜ3.0なのですか?」と聞かれたとき、「代表取締役だからです」では通りません。会社を20年かけてここまで育てた、という物語を数字で証明できるかどうかです。

根拠が薄いと何が起きるか

税務否認された場合、退職金の「不相当に高い部分」が損金不算入になります。1億円の退職金のうち5,000万円が否認されれば、1,600万円超の追加法人税が発生します。延滞税・過少申告加算税が乗れば、さらに膨らみます。

しかも退職金は一度支払ったら取り消せません。否認されてもお金は出ていったまま、税金だけが増える、という最悪の事態になります。

準備は退職の3〜5年前から始める

功績倍率3.0の根拠整備は、退職の直前に慌てて作るものではありません。在任中の業績記録は、意識して積み重ねていくものです。

議事録への業績評価の記載、定期的な役員報酬改定の記録、外部専門家の評価レポートなど、退職に向けたドキュメント設計を早めに始めることが、最終的に大きな差を生みます。

退職金規程を整備していない会社は、まずそこからです。規程がなければ、そもそも「適正額」の算定基準自体が社内に存在しないことになり、否認リスクが格段に上がります。

在任10年以上のオーナー社長なら、今期中に退職金規程の見直しと功績倍率の根拠整備を、顧問税理士と一度確認しておくことをおすすめします。退職金は、準備した人だけが使える最大の節税スキームです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。