先日、創業28年の製造業を経営するAさん(60代)から、こんな一言をいただきました。
「そろそろ引退を考えているんですが、退職金って結局いくら取れるんですかね?」
聞けば、月額報酬は80万円、勤続年数は28年。でも退職金の設計は一切手つかずのままでした。このまま引退してしまったら、2億円規模の機会損失になりかねない——そう感じて、すぐに試算を始めることにしました。
退職金の計算式、正確に知っていますか?
役員退職金には、**「最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率」**という計算式があります。法律で定められた上限ではなく、税務上の「適正額」を判断するための実務的な目安です。
Aさんのケースで計算してみましょう。
- 最終月額報酬:80万円
- 勤続年数:28年
- 功績倍率:3倍(代表取締役の目安)
80万円 × 28年 × 3 = 6,720万円
これでも十分な金額ですが、退職前に月額報酬を段階的に引き上げ、かつ功績倍率を適切に設定することで、2億円超の退職金設計も現実的な話になってきます。
退職金がこれほど節税効果が高い理由
役員退職金が「最強の節税」と呼ばれるのには、明確な理由があります。それは退職所得の課税計算の特殊性です。
通常の役員報酬は累進課税で、最高45%の所得税が課されます。しかし退職金は別扱い。退職所得控除(勤続年数に応じた大きな控除額)を差し引いた後、さらにその残額の1/2にしか課税されません。
勤続28年の場合、退職所得控除だけで1,610万円。仮に6,720万円の退職金を受け取っても、課税対象となるのは**(6,720万円 − 1,610万円)× 1/2 = 2,555万円**だけです。
同じ金額を役員報酬として受け取っていたら、税負担は2,000万円を超えるケースも珍しくありません。退職金という器がいかに有利かが、数字からも伝わると思います。
功績倍率「3倍」の意味するもの
よく「功績倍率は3倍まで」と言われますが、これは法定上限ではありません。過去の裁判例や税務調査の実態から導き出された、否認されにくい実務上の目安です。
役職によっておおよその目安があり、代表取締役なら2〜3倍、専務・常務は1.5〜2倍、平取締役は1〜1.5倍が一般的です。3倍を超える功績倍率が認められたケースも存在しますが、それには経営実績や会社への貢献度を証明する丁寧な文書化が前提となっています。
「倍率は高ければ高いほどいい」という発想は禁物です。根拠のない高倍率は、税務調査で真っ先に狙われる部分になります。
書類が整っていなければ、設計は意味をなさない
退職金の設計がどれだけ緻密でも、証拠書類が不備であれば税務調査で否認されるリスクがあります。最低限、以下の2点は必ず整備しておいてください。
- 取締役会議事録:退職金支給を正式に決議した記録
- 功績倍率の根拠資料:経営実績、売上推移、業界比較などをまとめた書類
「口頭で決めた」「顧問税理士に丸投げした」では、税務署の質問に対抗できません。数千万円規模の節税を守るのは、地道な書類整備の積み重ねです。
退職3年前では、もう遅い
退職金設計でもうひとつ見落とされがちなのが、着手のタイミングです。
退職直前に月額報酬を急激に引き上げると「退職金目的の操作」として否認されるリスクがあります。理想は退職の3〜5年前から計画的に報酬を見直し、功績倍率の根拠を時間をかけて積み上げること。
さらに法人保険を活用している場合は、解約返戻金のピーク時期と退職タイミングを合わせることで、退職金の原資を無理なく確保できます。報酬・功績倍率・保険の三者を組み合わせた設計こそが、2億円超の退職金を現実のものにする方法です。
まだ引退まで5年以上あると思っているなら、今この瞬間が設計を始める絶好のタイミングです。「近くなってから考えよう」という先送りが、気づけば数千万円の損失につながっている——そんな社長を何人も見てきました。顧問税理士と早めに方針を固めておくことが、経営者としての最後の大仕事になります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。