先日、60代に差し掛かった建設業の社長から、こんな相談が来ました。「そろそろ息子に会社を継がせようと思っているんですが、退職金ってどれくらいもらえるんでしょう?」
その社長の月額役員報酬は長年80万円で設定されており、勤続年数は29年。計算してみると、退職金の上限額が相当抑えられていることがわかりました。もし10年前に報酬水準を適切に設計していたら、退職金の手取りは1億円以上変わっていたはずです。
役員退職金は「現役時代の設計」で9割決まる
退職金の金額は「最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率」という計算式で算出されます。変数は三つありますが、勤続年数は引退するときには変えられません。功績倍率も税務上の許容範囲があります。つまり、一番手を動かせる変数は「月額報酬」なのです。
たとえば月額報酬150万円・勤続30年・功績倍率3.0で計算すると、退職金は1億3,500万円。月額報酬を100万円に設定していた場合は9,000万円と、4,500万円もの差が生じます。さらに200万円なら1億8,000万円。現役時代の報酬水準の差が、退職時に何倍にも増幅されて返ってくるのです。
功績倍率3.0の根拠と、守るべき一線
社長の功績倍率は「3.0倍」が判例上の目安とよく言われます。これは過去の税務訴訟の積み重ねから生まれた数字です。専務・副社長なら2.5倍前後、一般の取締役なら2.0倍以下というのが相場感です。
重要なのは「なぜその倍率なのか」を説明できるようにしておくことです。根拠のない高倍率を設定しても、税務調査で否認されれば元も子もありません。退職金規程を整備し、功績の評価基準を文書で残しておくことが、合法的な最大化への前提条件になります。
退職所得控除という、これ以上ないほど優しい仕組み
個人が退職金を受け取る際は、「退職所得」という特別な区分で課税されます。給与や事業所得とはまったく別のルールで、税制が手厚く保護しています。
控除額は勤続20年以内なら1年あたり40万円。20年を超えた部分は1年あたり70万円に跳ね上がります。勤続30年であれば、800万円+70万円×10年=1,500万円が非課税で丸ごと控除されます。
そして控除後に残った金額の、さらに半分にしか課税されないという2段目の優遇まであります。1億3,500万円の退職金なら、1,500万円を引いた1億2,000万円の半分、6,000万円が課税対象。同額を給与として10年かけて受け取った場合と比べると、税額の差は数千万円単位になります。これが「退職金は最強の節税」と言われる理由です。
「設計しなかった」会社はどれだけ損をするか
先ほどの建設業の社長のケースに戻ります。月額報酬80万円・勤続29年・功績倍率3.0で退職金を計算すると、約6,960万円。仮に月額報酬を150万円で設計していたなら1億3,050万円と、元本だけで約6,090万円の差が出ます。
退職所得控除と2分の1課税の効果を加味した手取りベースの比較では、差はさらに広がります。「役員報酬は生活費の都合で決めてきた」「特に意識したことがなかった」という社長ほど、試算してみると目を疑うような差が出ることがあります。
勤続5年以下の役員は要注意
一点だけ、必ず押さえておきたい例外があります。役員としての勤続年数が5年以下の場合、退職所得への2分の1課税が適用されません。
M&Aの直前に形式上の役員に就任して退職金を受け取る、といったスキームへの対策として設けられたルールです。退職金設計は10年・20年という長いスパンで考えることが大前提であり、短期間で仕組みだけ整えようとしても税制が許しません。
引退を考え始めたなら、今期が最後のチャンス
退職金の設計を「いずれ考えよう」と先送りしている社長は非常に多いです。しかし設計できるのは、あくまで現役のうちだけです。
引退の2〜3年前に慌てて月額報酬を上げても、「最終月額報酬」が変わるだけで、過去の低報酬期間はもう取り戻せません。今の役員報酬の水準が退職金の設計として最適かどうか、今期中に一度税理士と試算してみることをおすすめします。引退後に後悔しても、時計は巻き戻せません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。