先日、年商12億円の製造業を経営する社長からこんな相談を受けました。
「業績が上がって報酬を3,000万円に増やしたのに、手取りがほとんど変わらなかった。何かがおかしい気がして」
おかしくはないんです。ただ、構造が最適化されていないだけで。この社長のケースは、実はオーナー経営者の多くが直面する「累進課税の壁」そのものです。
報酬を上げるほど消えていく理由
日本の所得税は超過累進課税です。年収1,800万円を超えると所得税率は40%、住民税と合わせると実質50%超が税に消えます。
報酬を1,000万円増やしても、500万円以上は税金になる。手取りの増加は500万円に満たない。これが繰り返されると、「もう個人の報酬を増やしても意味がない」という結論になりがちです。
では、手取りを増やすにはどうすればいいのか。答えは報酬を「どこから・どのように受け取るか」の設計にあります。
持株会社を一枚挟むと何が変わるか
多くのオーナー社長は、事業会社から直接役員報酬を受け取っています。シンプルな構造ですが、報酬が大きくなるほど累進課税の影響をまともに受けます。
ここに持株会社(ホールディングス会社)を挟むと、資金の流れが変わります。
- 事業会社が利益を出す
- 持株会社に配当として資金を移す
- 持株会社から役員報酬を設計し直す
この「配当で移す」というステップに、税務上の重要な特例が絡んできます。
益金不算入という仕組み
法人から法人への配当には「受取配当等の益金不算入」という制度があります。持分比率が一定以上の子会社から受け取った配当は、親会社(持株会社)の課税所得に算入されない、つまり法人税がかかりません。
完全子会社(持分100%)からの配当であれば、受取配当の全額が益金不算入の対象です。事業会社が稼いだ利益を持株会社に移すとき、二重課税がほぼ発生しない構造になります。
これが持株会社スキームの核心です。法人税を払わずに資金を移せる経路が存在する。だからこそ、次の設計に意味が出てくるわけです。
報酬の「複線化」で実効税率を下げる
持株会社に資金が集まったら、次は役員報酬の設計です。
たとえば、これまで事業会社から年間3,000万円を受け取っていた社長が構造を組み替えます。事業会社からの報酬を1,000万円に下げ、持株会社から別途1,000万円受け取る。さらに配偶者や成人した子に持株会社の役員として適切な報酬を分散する。
合計の受取額は変わらなくても、個人ごとの課税所得が分散されるため、適用される税率が下がります。それぞれの所得が低い税率ゾーンに収まれば、グループ全体の税負担は大きく減ります。
これを「報酬の複線化」と呼びます。うまく設計すると、実効税率を20%台に抑えながら、グループ全体の役員報酬の総額を従来の2〜3倍にすることも不可能ではありません。
手取りが増える本当の理由
冒頭の社長の悩みに戻ります。報酬を増やしても手取りが増えなかったのは、「出口が一本」だったからです。事業会社→個人の口座、という一直線のルートだけで動いていた。
持株会社スキームでは、出口を分散させます。個人への直接報酬、法人内留保、家族への分散報酬。この3つのバランスを整えることで、税負担を最小化しながら可処分所得を増やすことができます。
手取りが増えるのは魔法ではなく、受け取り方の設計を変えているだけです。同じ金額を稼いでも、出口の最適化次第で手元に残る額は大きく変わります。
注意すべき落とし穴
ただし、このスキームは設計次第で逆効果になることもあります。
持株会社の設立・維持にはコストがかかります。登記費用、税務申告費用、社会保険の二重加入——規模によっては節税メリットがコストを下回るケースもあります。年商5億円未満の段階では、設立を急がず慎重に判断するのが無難です。
また、形だけ整えて実態が伴わないと税務調査で否認されるリスクがあります。持株会社が実際に経営管理機能を持っているか、役員報酬が職務の実態に見合っているか——この実態面は必ず問われます。
「節税」と「租税回避」の境界線を意識した設計が、長期的に安全なスキーム運用の前提条件です。
今期中に確認しておきたいこと
年商5億円以上で、個人の役員報酬が年間2,000万円を超えているなら、持株会社の設計を一度検討する価値があります。
まず整理すべきは、現在の事業会社の株主構成と、家族役員への報酬分散がどこまで活用できているか。この2点を明確にするだけで、税理士との相談がずっとスムーズになります。
業績が上がっているのに手取りが増えない——それは節税の余地があるサインかもしれません。今期の決算前に、ホールディングス化の可能性を一度税理士と議論してみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。