先日、年商9億円の建設会社を経営するAさんから、こんな相談がありました。
「役員報酬って、毎年変えなきゃいけないんですか?もう5年ほど同じ金額で来ているんですが…」
5年間、月給200万円のまま。その間に売上は3倍近くに伸びましたが、報酬設計は創業当時のまま据え置きでした。試算してみると、最適な報酬額との差額が年間で450万円超。5年分に換算すると、2,000万円以上を「払いすぎ」あるいは「取りこぼし」てきた計算になります。
高すぎても、低すぎても損をする理由
役員報酬の難しさは、金額を上げても下げても損になりうる点にあります。
報酬を高く設定しすぎると、所得税と住民税の合計が最大55%まで跳ね上がります。年収が4,000万円を超えると、稼いだお金の半分以上が税金として消えていく計算です。
逆に報酬を低く抑えすぎると、今度は会社側で法人税が約34%かかります。節税しようと報酬を増やせば個人の税負担が増え、個人の税負担を減らそうと報酬を絞れば法人税が増える。まるでシーソーのような関係です。
だからこそ「どこで止めるか」の設計が、年単位で見たとき大きな差を生みます。
見落とされがちな、社会保険の二重構造
役員報酬の最適化を考えるうえで、意外と知られていないのが社会保険料の仕組みです。
厚生年金保険料には上限があります。標準報酬月額が65万円を超えると、それ以上報酬が増えても厚生年金保険料は増えません。ここまでは多くの方がご存知です。
ところが、健康保険料は別の話です。協会けんぽの場合、上限は標準報酬月額139万円。厚生年金の上限とは別枠で、ずっと高く設定されています。月給が65万円を超えた後も、健康保険料だけはじわじわと増え続けるわけです。
この「厚生年金の上限 ≠ 健康保険の上限」という二重構造を知らずに報酬を設定すると、社会保険料だけで想定外の負担が生じることがあります。
最適報酬は「税率が跳ね上がる手前」で止める
実務でよく使われるアプローチは、「所得税率が急上昇するラインの手前で報酬を止める」という考え方です。
所得税の税率は、課税所得に応じて段階的に上がります。たとえば課税所得が900万円を超えると、税率が33%から43%へ一段上がります(住民税を含めた実質負担はさらに変わります)。
このラインを意識しながら報酬額を設定し、会社に残ったお金は法人として活用する。役員退職金の積み立て、設備投資、次の事業への種まき。個人で高い税率を払いながら貯めるよりも、法人税率の範囲内で運用するほうが手残りが増えるケースは少なくありません。
ただし「法人に残す」はあくまで事業目的が前提です。会社のお金を私的な支出に充ててしまうと、税務上の問題が生じます。この点は必ず顧問税理士と認識を合わせておいてください。
年に一度しか変えられない、という現実
ここで一つ、知っておくべき制度上のルールがあります。
役員報酬は、原則として事業年度開始から3ヶ月以内に一度だけ変更できます。これを「定期同額給与」といいます。この期間を過ぎてから変更すると、変更分が損金として認められず、法人税の課税対象になってしまいます。
3月決算の会社なら、タイムリミットは6月末。この窓口を逃すと、次の見直しは1年後です。「来期でいいか」と思っているうちに5年経過していた、というAさんのようなケースは、決して珍しくありません。
今期の見直しタイミングを逃さないために
役員報酬の最適化は、節税の中でも即効性が高く、かつ継続的に効果が出る施策のひとつです。
まず確認したいのは次の3点です。現在の課税所得がどの税率区分に入っているか。社会保険料の上限とどう絡んでいるか。法人に残した場合と個人に受け取った場合で、どちらが手取りとして多いか。
この試算は、顧問税理士であれば比較的早く出してもらえます。もし「年に1回しか会わない」という状況なら、報酬改定のタイミングだけでも相談の機会を作ることをお勧めします。
3ヶ月の窓口は、思っているより短い。まだ今期の見直しをしていないなら、今月中に動き始めてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。