先日、年商12億円を稼ぐ建設会社の社長から、こんな相談がありました。「毎年しっかり稼いでいるのに、個人の手取りが思ったより全然残らない。どこかに抜け穴があるんだろうか」と。

話を聞いていくと、毎月の役員報酬が年額3,500万円に設定されていました。一見、豊かに見える数字です。ところがこれが、実は大きな落とし穴になっていたんです。

所得税55%の壁を知っていますか

日本の個人所得税は「累進課税」です。所得が高くなればなるほど、税率が上がっていく仕組みですね。課税所得が4,000万円を超えると、所得税率は最高の45%に達します。

そこに住民税の10%が加わると、合計税率は55%。稼いだ100万円のうち55万円が税金として持っていかれ、手元に残るのは45万円だけ、という計算になります。

年商10億円を超える規模の会社を経営している社長が高い役員報酬を設定していると、多くの場合この55%ゾーンに入ってしまっています。「たくさん稼いでいるのに、なぜかお金が残らない」という感覚の正体は、ここにあることが多いです。

法人に留保すれば税率は約34%になる

では、同じお金を個人で受け取らず、法人に留保しておくとどうなるでしょうか。

法人の実効税率は、おおよそ約34%前後が目安です。個人の最高税率55%と比べると、約21%の差があります。この差がそのまま、節税の余地になります。

たとえば、最適化できる余地が5億円あったとします。役員報酬を下げてその分を法人に残す設計に変えると、単純計算で5億円×21%=1億500万円。年間で1億円を超える税負担の差が生まれます。

もちろんこれは最大値の試算であり、実際には会社の利益構造や配当設計、将来の事業承継まで考慮する必要があります。ただ、役員報酬の設定がいかに大きな意味を持つか、イメージしていただけると思います。

改定には「時期の壁」がある

「今すぐ役員報酬を下げればいいじゃないか」と思う方も多いはずです。ところが、法人税法の「定期同額給与」というルールが立ちはだかります。

役員報酬は原則として、事業年度開始から3ヶ月以内にしか改定できません。この時期を外れて途中で金額を変えると、変更差額分が法人税の損金として認められなくなってしまいます。つまり、思い立ったらすぐ動けるわけではなく、次の改定タイミングを見据えた計画が必要です。

決算月が3月の会社なら、4月〜6月が改定の窓口です。この時期に見直しておかないと、次のチャンスは1年後。「来期こそ対策しよう」と思っているうちに、また1年が過ぎていく——これが多くの社長が陥るパターンです。

退職金・持株会社とセットで設計する

役員報酬の最適化は、単体で考えるより「退職金設計」や「持株会社化」とセットで組むのが本来の正攻法です。

役員退職金には退職所得控除という大きな優遇税制があります。在任中の役員報酬をやや低めに設定して法人に利益を蓄積し、退職時に一括で受け取る設計が、長期的な税負担を大きく下げる鍵になります。

持株会社(ホールディングス)を活用する手法も有効です。事業会社の株式を持株会社に移し、配当を持株会社で受け取ることで、個人の所得税ゾーンを上げずにグループ全体のキャッシュを循環させることができます。ただし設立コストや運用の手間もあるため、規模と事業フェーズを見極めた判断が必要です。

「高い役員報酬=豊かな経営者」ではない

結局のところ、役員報酬は「いくらもらうか」ではなく「税引き後にいくら手元に残るか」で考えなければなりません。

年商10億超えの社長であれば、役員報酬の最適化だけで年間数千万円〜1億円規模の差が生まれることは珍しくありません。それほど大きな意思決定なのに、「なんとなく高めに設定してきた」という方が意外と多いのが現実です。

自社の役員報酬が本当に最適な設定になっているか一度も試算したことがないなら、今期の改定タイミングを逃す前に、信頼できる税理士に相談してみることをおすすめします。「今のまま何もしない」が、一番コストの高い選択かもしれません。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。