先日、年商12億円の製造業を経営するTさんから、こんな相談を受けました。
「毎年2,000万円の役員報酬をもらってるんですけど、税金が高くて……もっとうまいやり方があるんですかね?」
Tさんは真面目な経営者で、会社の業績も右肩上がり。それなのに、毎年税金を払うたびに「なんか損している気がする」という感覚が拭えなかったそうです。
その感覚、実は正しいんです。
「高い報酬=得」という思い込みの罠
会社の業績が上がると、社長は報酬を上げたくなります。それ自体は自然なことです。でも、ここに大きな落とし穴があります。
個人が受け取る役員報酬には、所得税と住民税を合わせて最大55%の税率がかかります。一方、会社に利益を残した場合の法人税は実効税率でおよそ34%。
この差は21%。年間2,000万円の報酬ベースで単純計算すると、年間420万円の差が生まれます。10年で4,200万円です。
報酬を高くすればするほど、実は会社全体の税負担が増えているかもしれない。Tさんが感じていた「損している感覚」は、まさにここから来ていました。
退職金こそが、最強の合法的節税スキーム
では、その差額はどこに向かうべきか。答えは「役員退職金」です。
役員退職金には、給与所得や事業所得と比べて圧倒的に有利な税制が適用されます。退職所得控除(勤続年数に応じた非課税枠)を差し引いた後、残額のさらに半額にしか課税されない。
たとえば、30年勤続の社長が3,000万円の退職金を受け取ったとしましょう。退職所得控除は「800万円 +(30年−20年)× 70万円 = 1,500万円」。課税対象は(3,000万円−1,500万円)× 1/2 = 750万円です。
3,000万円を受け取っても、税金がかかるのはわずか750万円。同じ金額を毎年の給与で受け取るのと比べると、手取りの差は歴然です。
功績倍率で「合法的に」退職金を積み増す
ここで重要になるのが「功績倍率」という考え方です。
役員退職金は「最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率」で計算するのが税務上の一般的な基準。功績倍率は社長クラスで2〜3倍が認められるケースが多く、これを適切に設定することで退職金の原資を大きくできます。
最終月額報酬100万円、勤続30年、功績倍率3倍であれば:100万円 × 30年 × 3 = 9,000万円。この9,000万円が「適正な退職金」として認められる計算です。
ただし、ここで一つ落とし穴があります。在任中に高額報酬を取り続けて最終月額報酬が高くなれば退職金計算上は有利に見えますが、在任中に払い続けた高い所得税の分で、すでに大きな損をしているのです。
在任中の報酬設計が、生涯の手取りを決める
ここが最も見落とされているポイントです。
退職金を最大化するには、在任中の報酬を「適切に抑えながら」、会社内に利益を積み上げておく必要があります。会社に残ったお金は法人税(約34%)で済む一方、個人に取り出せば所得税55%がかかる。
つまり「今の報酬を少し下げる → 会社に利益を積む → 退職時に退職金として受け取る」という流れを設計することで、生涯の手取りを大幅に増やせるわけです。
Tさんのケースでは、試算の結果、毎年の報酬を500万円抑えて在任期間20年続けるだけで、退職金を含めた生涯手取りが1億円以上変わる計算が出ました。「年1億の損」というのは比喩でも誇張でもありません。
持株会社を組み合わせると、さらに分散できる
一歩踏み込んだ方法として、持株会社(ホールディングス)を活用した報酬分散もあります。
複数の法人から役員報酬を受け取ることで、給与所得控除を複数回活用できたり、所得を分散させたりする効果が期待できます。設立・維持のコストも発生しますが、一定規模以上の会社では検討する価値がある選択肢です。
この領域は会社の規模や状況によって最適解が大きく変わるため、必ず税理士との個別試算が前提になります。
今すぐ確認してほしい2つのこと
「役員報酬を毎年上げることが正解」と思っているなら、一度立ち止まってください。
在任中の報酬と退職金の合計を、税引き後の「手取りベース」で試算したことはありますか? 退職金の功績倍率を何倍に設定するか、定款や取締役会議事録で明確にしていますか?
このふたつを確認しておくだけで、税理士との相談も格段にスムーズになります。報酬設計は一度決めたら変更コストが高い。「来期でいいか」と思っているうちに、取り返しのつかないタイミングが近づいています。今期中に一度、顧問税理士に「退職金を最大化する報酬設計の試算」を依頼してみることをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。