先日、年商6億円ほどの建設会社を経営する社長から、こんな連絡が届きました。
「先生、今さらなんですけど、役員報酬って今期から変えられますか?」
その会社、決算からすでに4ヶ月が経過していました。
残念ながら、「はい」とは答えられませんでした。定期同額給与を変更できる窓口は、すでに静かに閉まっていたのです。
「3ヶ月以内」という、見落としがちな絶対ルール
役員報酬を動かすには、税務上の厳格なルールがあります。
法人が役員に支払う「定期同額給与」は、原則として事業年度の開始から3ヶ月以内に金額を決定しなければなりません。3月決算の会社であれば、6月末が変更の締め切りです。この窓口を一度逃すと、1年間は金額を変えられません。
業績が上向いても、経営状況が大きく変わっても、その期はずっと同じ金額を払い続けるしかない。「そんな縛りがあるとは知らなかった」という社長は、意外と多いのです。
特に年商が5億円を超えてくると、日々の経営で手一杯になり、税務まで細かく目が届かなくなる。そこに落とし穴があります。
役員報酬で「800万円の壁」を意識的にコントロールする
役員報酬を設計するうえで、知っておきたい数字があります。法人の課税所得「800万円」です。
法人税の実効税率は、課税所得が800万円以下だとおおよそ22%前後ですが、800万円を超えると34%前後まで跳ね上がります。この差は12ポイント以上。中小企業にとっては見過ごせない開きです。
役員報酬を年間1,000万円引き上げると、法人の課税所得はその分だけ圧縮されます。800万円超の部分にかかる税率差だけで計算すると、年間で約120万円もの節税効果が生まれることがあります。
もちろん、役員個人の所得税・住民税との兼ね合いを無視はできません。報酬を上げれば個人の税負担も増える。どこで最適化するかは、法人と個人をまとめて試算して決めるものです。
それでも、「800万円の壁」を意識した役員報酬の設計ができているかどうかで、毎年の税負担は大きく変わってきます。
退職金への「かくれた波及効果」を見落とすな
役員報酬の最適化は、現役時代だけの話ではありません。ここを見落としている社長が、年商5億超でも驚くほど多いのです。
役員退職金の計算基礎は、退職時の最終報酬月額がベースになります。在職年数と功績倍率をかけ合わせる方式が一般的で、最終報酬月額が高いほど、退職金の上限も自然と大きくなります。
30年経営した社長が月額100万円なら、計算基礎は3,000万円規模。これが月額50万円だと1,500万円規模にしかなりません。現役中の報酬設計が、そのまま引退後の受取額に直結するわけです。
さらに、退職金には「退職所得控除」という強力な非課税枠があります。勤続年数20年を超えると1年あたり70万円の控除が受けられるため、30年経営なら控除額だけで1,500万円以上。給与所得と比べると、税負担が格段に軽い所得区分です。
今の報酬を適切に引き上げておくことは、将来の退職金の器を広げることにもつながります。現役中の法人税節税と、引退時の退職金設計という2つの効果が、同時に手に入るのです。
「去年と同じでいいや」が、最も損をするパターン
3月決算の会社にとって、4月から6月は「報酬改定の黄金期間」です。この3ヶ月に経営状況を確認して役員報酬を見直すだけで、年間の税負担が数百万円単位で変わることがあります。
9月や12月決算の会社も同様です。それぞれの決算から3ヶ月以内が変更のタイミング。自社の決算月を確認して、毎年そのサイクルで必ず税理士と話し合う習慣をつけることが大切です。
「去年と同じでいいや」と放置してしまうのが、最も損をするパターンです。事業の成長に合わせて、役員報酬も毎年アップデートしていく。それだけで、10年・20年のスパンで見たとき、手元に残るお金は驚くほど変わってきます。
まだ今期の役員報酬を見直していないなら、今月中に税理士に相談することをおすすめします。一度窓口が閉まれば、1年間は取り返しがつきません。「4月に動いておけばよかった」と後悔する前に、今日の一歩を踏み出してください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。