先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。「買い手がついて、15億円で売れそうなんですが、税金でいくら持っていかれますか?」と。
試算してみると、何も対策をしないまま売却すれば、譲渡益に対して約20〜34%の税金がかかります。15億円の案件なら、場合によっては3億円以上が税金として消えることになります。
M&Aは人生最大の財産形成の機会です。ところが、売却が決まってから税理士に相談する社長があまりにも多い。残念ながら、M&Aが成立してから節税できることは非常に限られています。重要なのは「売る前」に手を打てるかどうか。今回は、M&A前に実行できる節税スキームを3つご紹介します。
第3位:退職金を事前に支給して株価を下げる
M&Aの前に、オーナー社長自身に退職金を支給するという方法があります。
なぜ節税になるのか。退職金を支給すると会社の純資産が減ります。純資産が減れば、株式の評価額も下がります。つまり、買い手から見た「株の値段」が下がる前に、自分の資産として確保できるわけです。
さらに、退職所得には独特の税制優遇があります。勤続年数に応じた退職所得控除を差し引いた後、残った金額の2分の1にしか課税されません。たとえば、3億円を退職金として受け取った場合、同じ金額を役員報酬でもらうのと比べて、手元に残る額が数千万円単位で変わってくることもあります。
ただし、退職金の「不相当に高額な部分」は損金不算入となるリスクがあります。金額の設定は慎重に、専門家と相談しながら進める必要があります。
第2位:「株式譲渡」か「事業譲渡」かで税負担が2億円変わる
M&Aには大きく2つの方法があります。会社の株を売る「株式譲渡」と、事業の資産・負債を売る「事業譲渡」です。この選択が、税負担に劇的な差を生みます。
個人が株式を譲渡する場合の税率は、約20.315%(所得税+住民税+復興特別所得税)。一方、事業譲渡を行うと、法人の実効税率(約30〜34%)が先にかかります。
15億円の案件で試算すると、この差は単純計算で2億円以上になることもあります。売り手の立場からすると、基本的には株式譲渡のほうが有利です。もちろん、買い手側の事情(特定の事業だけ欲しい、不要な負債を引き受けたくないなど)によって交渉の余地はありますが、自社にとって有利な形を主張できる知識を持っておくことが大切です。
第1位:持株会社を設立して課税を繰り延べる
これが最も効果が大きく、かつ専門家でなければ扱いが難しいスキームです。
M&Aの前に「持株会社(ホールディングス)」を設立し、株式交換という組織再編の手法を使って、個人が持っている事業会社の株を持株会社に移します。
通常、個人が株を別の会社に移せばその時点で課税が発生します。しかし、一定の要件を満たす株式交換では、この課税を「将来に繰り延べる」ことができます。さらに、持株会社の下で複数の事業を持つ構造にすれば、グループ内の損益通算なども活用でき、最終的な税負担を最適化できる可能性があります。
この手法は要件が複雑で、実行のタイミングも重要です。少なくともM&Aの1〜2年前から動き始める必要があります。「売れそうな話が来てから相談した」では、間に合わないことがほとんどです。
M&Aの節税は「早期着手」がすべて
3つのスキームに共通しているのは、M&Aが成立する前に動かなければ効果がないという点です。
買い手との交渉が始まってから慌てて動いても、手遅れになるケースがほとんど。「いつかは売るかもしれない」と思っている段階から、M&Aに強い税理士と関係を作っておくことをおすすめします。
特に、持株会社スキームや組織再編を活用するなら、少なくとも2〜3年前からの準備が必要です。会社の将来設計の一部として、節税戦略も組み込んでおくのが賢明です。
もしM&Aを検討し始めているなら、まず「現時点で株式評価はいくらか」「退職金の適正額はいくらか」を税理士に確認するところから始めてみてください。それだけで、数億円単位の差が生まれることがあります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。