「会社を25億円で売れたんですよ。でも、税金で5億円以上持っていかれて……」
先日、製造業を25年間経営してきた60代の社長から、こんな言葉を聞きました。M&Aが成立して喜んだのも束の間、税金の額を確認して青ざめたといいます。「もっと早く動いていれば」と何度も繰り返していたのが印象的でした。
同じ後悔をしないために、今日はM&A売却前の節税について、知っておくべき話をまとめます。
株式を売ると、利益の約20%が税金になる
株式を譲渡して得た利益には、所得税・住民税を合わせて約20.3%の税金がかかります。問題は「取得価額」です。
会社設立時に資本金1,000万円で株式を取得し、その会社が25億円で売れた場合、課税される利益はほぼ25億円に近くなります。単純計算で税金は5億円超。手取りは20億円を下回ることになります。
M&A仲介業者は売却価格を最大化することに力を注いでくれますが、税引き後の手取りを一緒に設計してくれるわけではありません。「税金のことは税理士に聞いてください」と言われて終わり、というケースが実は多いのです。
事前に動いた社長は、手残りが数億円変わる
では、売却額が同じでも手取りを大きく増やすことはできるのか。答えは「できる」です。ただし、条件があります。
M&A前の節税アプローチは主に3つあります。それぞれ、何をするのかと、なぜ効くのかをお伝えします。
① 役員退職金で純資産を圧縮する
会社の純資産が大きいほど株式の評価が上がり、買い手もその前提で価格を設定します。売却の前に役員退職金を支払うことで純資産を下げ、株式価値を圧縮する手法です。
退職金は損金算入できるため、法人税の節税にもなる一石二鳥の効果があります。ただし、「過大退職金」と税務署に認定されると否認リスクがあるため、功績倍率や在任年数をもとにした適正額の算定が必須です。ここは税理士との事前確認が欠かせません。
② 持株会社スキームで売却設計を最適化する
事業会社の株式を直接保有するのではなく、持株会社(ホールディングス)を間に挟む構造にすることで、売却時の課税タイミングや課税額をコントロールしやすくなります。
グループ内の損益通算や配当の益金不算入など、使える税制の選択肢が広がります。「売り方の設計」次第で手取りが大きく変わる領域で、特に複数の事業を持つオーナー社長には検討の価値がある手法です。
③ 組織再編で課税タイミングをコントロールする
会社分割や株式交換など、税制適格の組織再編を活用すると、課税を将来に繰り延べることができます。
たとえば、売却対象にしたくない不採算部門や不動産を切り出して別会社に移してから交渉に臨む、という設計が可能です。買い手から見ても「欲しい事業だけがきれいに切り取られている」状態は好印象で、交渉が進みやすくなるメリットもあります。
「2年以上前」に動き出すのが絶対条件
ここで強調しておきたいのがタイミングです。
上記の3つの手法は、どれも「来月M&Aをする」という状況では使えません。最低でも2年、できれば3〜5年前から仕込み始める必要があります。
役員退職金は支給から一定期間が経過しないと税務上の問題が生じやすく、持株会社への移転も税制適格要件を満たすには準備期間が必要です。仲介業者が動き始め、買い手との交渉が始まってからでは、ほとんどのケースで間に合いません。
「まだ売るつもりはない」という社長こそ、今が動き出すタイミングです。60歳で着手すれば、65歳の売却に向けて十分な準備ができます。
M&A後に後悔しないための一歩
手取りの最大化は、仲介業者と税理士の両方を早い段階で揃えることで実現します。売却価格を上げる交渉と、税引き後の手残りを増やす設計は、別のプロが担う仕事です。
同じ25億円の売却でも、事前に設計した社長と何もしなかった社長では、手元に残る金額が数億円変わるケースは珍しくありません。
もし「いつかは売るかもしれない」と少しでも考えているなら、まずはM&A専門の税理士に現状の自社株評価と節税余地を試算してもらうことをおすすめします。その一歩が、数年後の数億円の差を生みます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。