先日、製造業を経営しているオーナー社長から相談を受けました。「そろそろ会社を売ろうと思っているんですが、税金ってどのくらいかかりますか?」というシンプルな質問でした。

ところが話を聞き進めると、役員報酬の設定も退職金の準備も何もしていない。このまま売却が進めば、億単位の節税機会を逃すことになりかねない状況でした。

M&Aによる会社売却には、「知っているか知らないか」だけで数億円の差が生まれる仕組みがあります。今回はその核心をお伝えします。

株式を売ると、なぜ税金がこんなに安くなるのか

M&Aで最も一般的な手法は株式譲渡です。オーナー社長が自分の持ち株を売って得た利益には、**分離課税で20.315%**しか税金がかかりません。所得税と住民税を合わせてもこの水準です。

一方、毎年の役員報酬として会社から受け取る場合、高所得帯では所得税45%+住民税10%で最高**55%**の税率になります。給与所得控除はあるものの、大きな収入になればなるほど実質的な税負担は重くなります。

この2つの税率の差が、売却金額が大きければ大きいほど、圧倒的な差額を生み出すわけです。

15億円の売却で生まれる「5億円の差」

具体的な数字で見てみましょう。

仮に15億円で会社を売却するケースを考えます。株式譲渡として受け取れば、税金は約3億円(20.315%)で済みます。しかし同じ15億円を役員報酬として毎年引き出し続けたとしたら、高所得帯にかかる実効税率は50%を超えることが多く、手元に残る金額は大きく減ってしまいます。

この差額が5億円以上になる——これがM&A節税の基本的な構造です。「知らなかっただけ」で5億円が消えていく。改めて数字にすると、ぞっとする話ですよね。

節税効果を二重にする「役員退職金」の使い方

株式譲渡の税率メリットだけでも十分大きいですが、M&A成立のタイミングに合わせて役員退職金を設計することで、節税効果をさらに重ねることができます。

退職所得には「退職所得控除」という大きな非課税枠があり、勤続年数が長いほど控除額も増えます。さらに退職所得は他の所得と切り離して計算され、課税対象額は2分の1という優遇まであります。

株式譲渡の低税率と退職金の優遇税制——この2つの節税を同じタイミングで使えるのが、M&Aという出口の最大のメリットです。これを事前に設計しておくかどうかで、最終的に手元に残る金額は大きく変わります。

「やってはいけない」こともセットで知っておく

ここで重要な注意点をひとつお伝えします。

M&A前に税負担を減らしたいという気持ちから、不自然な資産移転や利益の操作を行うのは厳禁です。税務署はM&A前後の動向を詳細に確認しており、不審な動きは租税回避として否認されるリスクがあります。

正しい節税と租税回避は紙一重に見えて、実は大きく異なります。あくまで合法的な手続きの範囲内で、M&Aに精通した税理士と一緒に設計することが大前提です。「安く済ませよう」と焦った結果、かえって大きなリスクを背負うことになりかねません。

動くなら「早いほど得」な理由

M&Aの節税戦略は、タイミングがすべてです。売却の話が具体化してから動こうとしても、準備できることには限界があります。

退職金の設計には在任実績が必要ですし、株式の保有構造を最適化するにも時間がかかります。「そのうち売ろうかな」という段階から、M&A専門の税理士に相談しておくのが、賢い経営者の動き方です。

会社を売るなら、その利益を最大限手元に残すための準備を、今日から始めてみてください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。