先日、ある社長からこんな相談を受けました。

「毎月、社会保険料の明細を見るたびにうんざりするんですよ。だから自分の役員報酬はずっとゼロにしています。生活費は会社経費でまかなえているので、特に困ることもないんですが……」

その社長の会社は設立15年、年商3億円を超える優良企業です。財務感覚も鋭く、数字の読める経営者でした。でも、この「報酬ゼロ作戦」には、見落としがちな致命的な落とし穴があります。

退職金の計算式を見たことはありますか?

役員退職金は一般的に、次の計算式で算定されます。

最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率

功績倍率を3.0として計算してみましょう。最終報酬月額が月300万円で勤続20年なら、300万円 × 20年 × 3.0 = 1億8,000万円。一方、最終報酬月額がゼロなら、0円 × 20年 × 3.0 = ゼロ円です。

当たり前のように聞こえるかもしれませんが、この事実を意識せずに「社会保険料が嫌だから報酬ゼロ」と決めている社長は、実はとても多いのです。

なぜ退職金は「最強の節税」と呼ばれるのか

退職金が節税上、これほど有利な理由を整理しておきましょう。

退職金には「退職所得控除」という手厚い控除があります。勤続20年なら800万円、それ以降は1年につき70万円が控除されます。30年勤続なら控除額は1,500万円にもなります。

さらに、控除後の金額は2分の1しか課税対象になりません。給与と比べると、いかに優遇されているかがよくわかります。

仮に1億8,000万円の退職金を受け取るケースで試算してみます。勤続20年の退職所得控除800万円を差し引いた1億7,200万円の半分、約8,600万円が課税所得になります。退職金全体(1億8,000万円)に対する実効税率は20〜25%前後まで下がる計算です。

同じ1億8,000万円を給与として受け取った場合、所得税・住民税の最高税率55%近くが適用され、実効税率は50%前後になることもあります。この差が積み重なると、生涯の手取りで2億円規模の開きが出ることもあるのです。

「でも社会保険料のほうが高くつくのでは?」

ここで必ず出てくる反論があります。「月300万円の報酬を設定したら、社会保険料だけで年間数百万円かかるじゃないか」というものです。

たしかに、会社負担分も含めると社会保険料は年300〜400万円程度かかります。20年続ければ累計6,000〜8,000万円のコストです。

ただ、トータルで見てください。同額を給与で受け取るケースと比較した場合の退職金節税メリットは、8,000万円から1億円を超えることがあります。つまり、社会保険料を払い続けた上でなお、手元に残るお金が多くなる可能性があるのです。

もちろんこれはケースバイケースであり、報酬額・勤続年数・功績倍率の設定根拠・会社の税率など多くの要素が絡みます。「必ず得になる」とは言い切れません。ただ、「社会保険料が嫌だから報酬ゼロ」という判断は、短期コストだけを見た思考停止になっていることが多いのも事実です。

今すぐ確認してほしい3つのこと

役員報酬をゼロか極端に低く設定しているなら、一度こう自問してみてください。「自分が引退するとき、退職金はいくら受け取れるか?」

答えがゼロなら、設計を見直す余地があります。退職金を税務上きちんと認めてもらうためには、以下の整備が必要です。

  • 退職金規程を定款または規程で明文化する
  • 功績倍率の算定根拠を文書で残す
  • 株主総会の議事録を適切に保管する

引退の5〜10年前から動き始めても、遅すぎることはほとんどありません。ただ、報酬ゼロのまま20年が経過してからでは、文字通り取り返しがつきません。

まだ退職金設計に手をつけていないなら、今期中に担当の税理士へ「退職金規程と功績倍率の整備状況」を確認することをおすすめします。社会保険料を節約しようとして、退職金2億円を捨てる結末だけは避けたいところです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。