先日、年商30億円ほどの食品卸を経営するクライアントから、こんな連絡が来ました。
「同業を10億で買収したんですが、税理士から『のれん代が節税になる』と言われて。どういう仕組みなんですか?」
M&Aで会社を買うと、支払った金額の一部が数年にわたって経費として落とせる制度があります。「税務署が積極的に教えてくれる」類の話ではなく、仕組みを知った人だけが使える制度です。今回はその全体像を整理してみます。
M&Aで発生する「のれん代」の正体
会社や事業を買収するとき、純粋な資産価値より高い金額を払うことがほとんどです。
たとえば、純資産5億円の会社を15億円で買った場合、差額の10億円が「のれん代」にあたります。これは顧客基盤、ブランド、技術力、従業員の質といった「目に見えない価値」の対価です。
帳簿上には5億円の純資産しかないのに、なぜ15億円を払うのか。それは「この会社が持っている将来の収益力」に値段をつけているからです。M&Aの交渉現場では当たり前の概念ですが、税務上の扱いを知っている経営者は意外と少ない。
5年間で全額経費になる「資産調整勘定」
税務の世界では、こののれん代を「資産調整勘定」と呼び、特定の条件を満たした場合に60ヶ月(5年)で均等に損金算入できます。
先ほどの例で計算してみましょう。
- のれん代:10億円
- 年間損金算入額:10億円 ÷ 5年 = 2億円
- 実効税率30%として、年間節税効果:6,000万円
- 5年間の累計節税効果:約3億円
毎年2億円の経費が自動的に計上され続ける、というイメージです。M&Aそのものが節税装置になる、と言っても大げさではありません。利益が出ている会社ほど、この効果は絶大です。
株式取得では使えない——ここが最大の落とし穴
ただし、大きな注意点があります。
この制度が使えるのは、「事業譲渡」か「非適格合併」という形でM&Aを行った場合に限られます。一般的な株式譲渡(株の取引)では、税務上ののれん計上はできません。
株式譲渡は、会社の株式を買い取るだけなので、買収した側の資産・負債構成に変化が生まれません。のれん代という概念自体が発生しないため、資産調整勘定を使う余地がないのです。
「買ってから税理士に相談した」では手遅れになるケースもあります。スキーム設計は、M&Aの検討段階から始めるのが原則です。
どんな社長が活用しているのか
このスキームが特に有効なのは、次のような状況の経営者です。
毎期、多額の法人税を払っていて「合法的な節税の余地を探している」オーナー社長。同業や仕入れ先・販売先を買収して事業シナジーを狙っている成長志向の経営者。後継者不足の会社を承継目的で取得しようとしている方。
年商数億〜数十億クラスの中堅企業であれば、M&Aの規模次第で3億〜5億円単位の節税効果が現実的に射程に入ります。
一方で、「節税のためだけにM&Aをする」のは本末転倒です。あくまで事業上の必然性が先にあり、その上に節税効果が乗ってくる——この順番を外すと、失敗するM&Aになりやすい。
スキーム設計から税理士を巻き込むのが鉄則
事業譲渡か株式譲渡かの選択は、節税効果だけで決まりません。売り手側の税負担、引き継ぐ従業員・契約・負債の範囲、手続きの煩雑さなど、多面的な要素が絡みます。
買い手にとって有利なスキームが、売り手には不利になることもあります。この調整を含めて専門家を交えた設計が必要なので、「契約書ができてから相談」では使えるはずの制度が使えなくなっていることがあります。
もし近い将来にM&Aを検討しているなら、まず「事業譲渡と株式譲渡のどちらが自分のケースでは有利か」を早い段階で顧問税理士に確認しておくことをおすすめします。スキームの違いで手取りが億単位変わることもある——見落としには要注意です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。