先日、年商8億の製造業の社長からこんな相談を受けました。「利益は出てるのに、手元に残るお金の少なさが気になって仕方ない。何かやり方が間違ってるのかな」という話です。

詳しく聞くと、その社長は「法人に利益を残すと法人税がかかるから」という理由で、役員報酬を高めに設定していました。気持ちはわかります。でも実は、この判断が手取りを大きく減らす原因になっていることがあるんです。

役員報酬を上げるほど「損」になる理由

所得税は累進課税です。課税所得が4,000万円を超えると所得税率は45%、住民税10%を合わせると合計55%という税率になります。

たとえば役員報酬を年間1,000万円増やした場合。その1,000万円のうち最大550万円が税金で消え、手元に残るのは450万円です。一方、同じ1,000万円を法人に残して法人税(実効税率約34%)を払っても、660万円が手元に残ります。その差は210万円。これが毎年積み重なると、10年で2,100万円の差になります。

役員報酬の設計次第で生涯の手取りが数億円単位で変わる——これは決して大げさな話ではありません。

「経費設計」こそが最強の節税手段

では役員報酬を下げれば解決するのか、というとそれだけでは不十分です。大切なのは、個人が使うお金を法人経費として適切に設計し直すことです。

特に有効な手段が3つあります。

ひとつ目は社宅制度。役員が住む物件を法人で借り上げ、本人は賃料の10〜20%程度だけ負担します。差額は法人経費になり、個人所得を増やさずに住居費を賄えます。

ふたつ目は出張旅費規程の整備。国税庁のガイドラインに沿った旅費規程を社内で作れば、実費精算ではなく「日当」として非課税で支給できます。出張の多い会社ほど効果が大きく、年間数十万〜数百万円の節税につながることもあります。

3つ目が研修・セミナー費の活用。経営に関するセミナー参加費、専門書、コンサルティング費用は、事業関連性が明確であれば法人経費として認められます。個人で払うより法人払いにするだけで、税負担が変わります。

これらを組み合わせると、役員報酬を下げながらも実質的な手取りを維持できます。個人所得が減れば所得税だけでなく、社会保険料の負担も下がる——いわば節税効果が二重に効いてくるわけです。

2億円の差はこうして生まれる

「2億円差」というと話が大きすぎると感じるかもしれません。ですが、これは長期スパンで見た話です。

年商5億規模の会社で役員報酬と経費設計が最適化されている場合と、そうでない場合を比べると、1年の差が500万〜1,000万円になることは珍しくありません。事業を20年続けると、その差は1億〜2億円規模に達します。

さらに見落とされがちなのが「社会保険料の等級設計」です。役員報酬の月額によって標準報酬月額の等級が決まり、法人・個人それぞれの社会保険料負担が変動します。役員報酬・経費・社会保険料をセットで最適化することが、本当の意味での節税設計です。

節税でよくある「やりすぎ」のリスク

一方で、節税を意識するあまりの失敗例も見てきました。役員報酬を極端に下げすぎると、住宅ローン審査や金融機関からの信用評価に影響が出ることがあります。個人の収入証明が必要な場面では、逆に困ることになりかねません。

また、経費計上には「事業関連性の証明」が必要です。プライベート色の強い支出を経費に混ぜ込むのは、税務調査でリスクになります。節税とは税負担を合法的に最適化する行為であり、「なんでも経費」とは根本的に違います。根拠と領収書・議事録などの証憑を整備した上で行うことが前提です。

今期中にやっておくべきこと

まず確認してほしいのは、現在の個人の課税所得と所得税の実効税率です。実効税率が40%を超えているなら、経費設計の見直し余地がある可能性が高いと言えます。

社宅制度や旅費規程をまだ整備していないなら、今期中に着手しておくことをおすすめします。年度途中から対応できる制度もありますし、旅費規程は規程を作って実費精算から切り替えるだけで済むケースも多いです。

担当の税理士に「うちの役員報酬と経費の設計、見直せるところはありますか?」と一度聞いてみるだけで、思わぬ節税の余地が見つかることがあります。役員報酬と経費の設計は、一度整えれば何年もその効果が続く「長効きの節税策」です。ぜひ決算前に、全体を見直してみてください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。