先日、資産規模が10億円を超える経営者からこんな相談を受けました。「シンガポールに移住すれば、株の売却益に税金がかからないと聞いた。これって本当の話ですか?」

結論から言うと、仕組みそのものは実在します。ただし「知らずにやると、逆に大変なことになる」落とし穴が複数あります。今回は、海外移転と投資非課税スキームの実態を、包み隠さずお伝えします。

日本の税法が前提にしていること

日本の所得税法では、「非居住者」が「国外で」得た所得は、原則として日本では課税されません。株式の売却益や配当も同様で、正式に日本を離れた後に外国で得た運用益には、日本の税務署は手を出せないのが基本的なルールです。

ここで注目されるのが、シンガポールやUAE(アラブ首長国連邦)です。これらの国にはキャピタルゲイン税がそもそも存在しません。つまり、正しく移住を完了した後に株式を売却すれば、どちらの国でも課税されないケースが生まれます。

5億円の含み益があったとして、日本にいれば約1億円強の税金が発生します。それが合法的にゼロになる可能性がある、というわけです。数字にすると、やはりインパクトは相当なものです。

最初の関門:国外転出時課税

「なら今すぐ移住すればいい」と思った方、ちょっと待ってください。

日本には2015年から「国外転出時課税」という制度があります。出国時点で有価証券等の含み益が1億円を超える場合、その含み益に対して出国した時点で課税されるルールです。

5億円の含み益を抱えたまま出国すると、約1億円(税率20.315%)の税金が出国時に発生します。海外に移住したのに、出発前に日本の税金を確定させることになる。これが最初の、そして多くの人が見落とす落とし穴です。

「納税猶予制度」という救済措置はあります。一定の担保を提供すれば、実際に売却するまで納税を猶予してもらえます。ただしこれを使うには、出国前から計画的な手続き設計が不可欠です。思いついてすぐに飛び出せる話ではありません。

第二の関門:CFC税制という網

次の落とし穴は、海外法人を活用しようとした場合に現れます。

「それならシンガポールに法人を作って、そこで資産を運用すればいい」。こう考えた方に立ちはだかるのが、「CFC税制(外国子会社合算税制)」です。

現地の実効税率が27%未満の国に法人を設立した場合、その法人の所得が日本の株主の所得に「合算」されて課税される仕組みです。シンガポールの法人税率は17%、UAEは2023年から9%。どちらもこの基準を下回るため、名前だけの箱会社を作っても節税効果はほぼ消えます。

回避するには、現地に実態のある事業拠点を置き、「この法人は本当に現地で活動している」と説明できる状態を整えることが必要です。役員が定期的に現地に滞在し、意思決定が現地で行われている実態が求められます。

このスキームが機能するための現実的な条件

整理すると、海外移転×非課税スキームが実際に機能するには、かなり厳格な条件が重なります。

出国前に国外転出時課税の手続きを正確に行い、移住先で実態のある生活(住民票・滞在日数・生活の本拠)を送る。海外法人を使う場合は現地に事業実態を持ち、売却タイミングも含めた長期的な計画を描く。

どれか一つでも欠けると、税務当局から「形式だけの移住」と認定されるリスクがあります。近年、富裕層の海外移転に対する税務調査は年々厳しくなっており、甘く見るのは禁物です。

移住を考え始めたら、まず何をするか

資産規模が大きいほど、「移住してから考える」は通用しません。最低でも移住の1〜2年前から、国際税務に強い税理士・弁護士と連携した設計が欠かせません。

特に国外転出時課税は、出国日が確定してからでは手遅れになるケースがあります。「移住をぼんやり検討している」という段階から、専門家に相談をスタートする。このタイミングが、最終的な手取り額を大きく左右します。

海外移転は、制度を正確に理解し、専門家とともに設計すれば合法的な節税手段になり得ます。ただし、税務の地図なしに大海原に出ることだけは避けてほしいと思います。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。