先日、ITスタートアップを経営する社長からこんな相談を受けました。
「株式の含み益が5億円を超えてきた。このまま日本で売ったら1億円以上持っていかれる。シンガポールに移住すれば税金ゼロになると聞いたんですが、本当ですか?」
結論から言うと、一定の要件を満たせば「移住後の売却益には日本の税金がかからない」というのは事実です。ただし、そこに至るまでにいくつかの重要な落とし穴があります。今日はその仕組みと注意点を、具体的な数字とともにお伝えします。
日本で売ると、5億円の含み益から1億円以上が消える
日本では株式や出資持分などの売却益(キャピタルゲイン)に対して、20.315%の税率がかかります。所得税15%・住民税5%・復興特別所得税0.315%という内訳です。
5億円の含み益がある株式を日本で売却した場合、税金は約1億1,570万円。手元に残るのは3億8,000万円強になります。
「1億円以上が税金で消える」と伝えると、初めて聞いた社長はみな同じ表情をします。「えっ、そんなに?」という顔です。
シンガポール・香港には「キャピタルゲイン税」がない
一方、シンガポールや香港にはキャピタルゲイン課税の制度がありません。これらの国・地域に移住して非居住者となり、移住後に株式を売却すれば、理論上は日本の税金がかからない可能性があります。
「可能性がある」と表現しているのは、単に住所を移すだけでは不十分だからです。日本との実質的な生活の繋がり(生活の本拠)が断ち切られていると認められる必要があり、仕事・家族・不動産・銀行口座の状況などが総合的に判断されます。
最初の壁:国外転出時課税(出国税)
ここで多くの社長が「盲点だった」と言うのが、国外転出時課税の存在です。
保有する有価証券等の合計評価額が1億円を超える場合、日本を出国した時点で「みなし売却」として含み益に課税されます。2015年に導入されたこの制度は「出国税」とも呼ばれます。
5億円の含み益を抱えたまま出国しようとすると、売ってもいないのに出国時点で約1億円の税金が発生してしまうわけです。
ただし、出国後5年以内(条件次第で10年)に帰国して日本居住者に戻れば課税は取り消されます。また、担保提供を条件に5年間の納税猶予を受けることも可能で、この猶予制度を活用したスキームを設計する事例もあります。
もう一つの落とし穴:CFC税制(タックスヘイブン対策税制)
「では、海外に法人を作って持株会社にすれば?」と考える方もいます。しかし、ここにも注意が必要です。
税率が27%未満の国・地域に設立した外国法人が一定の実態要件を欠く場合、その利益は日本の株主の所得に合算して課税されます。これがCFC税制(タックスヘイブン対策税制)です。
シンガポールの法人税率は17%前後と日本の約30%より低いため、実体のない形式的な法人を作るだけでは合算課税のリスクが生じます。実質的な経営管理活動が現地で行われていると認められることが求められます。
スキームの設計は、専門家なしでは成立しない
ここまで読んでいただいてわかるように、海外移転による節税は「可能性がある」一方で、制度の組み合わせによっては意図しない重課税を受けるリスクもあります。
特に確認が必要な主な項目はこちらです。
- 保有資産が1億円超かどうか(国外転出時課税の対象範囲)
- 移住先国との租税条約の内容
- 非居住者と認定されるための具体的な行動要件
- 移住後も日本の役員として関わる場合の恒久的施設リスク
- CFC税制の実態基準(管理支配基準・事業基準など)
これらを自己判断でクリアしようとすると、後になって更正処分を受けるケースがあります。数億円規模の案件では、国際税務に精通した税理士・弁護士との連携が不可欠です。
結局、誰に向いているスキームなのか
含み益5億円以上を持つ経営者が、本当に生活・仕事の拠点を海外に移せる状況にあるなら、検討する価値のある選択肢です。特に子どもが独立していて、日本での事業も後継者に引き継げる段階にある場合は、現実的なルートとして十分あり得ます。
一方で「節税だけのために形式的に移住する」アプローチは、税務当局に否認されるリスクが高く、ペナルティまで含めると損をしかねません。
海外移転による節税を検討しているなら、まずは国際税務の専門家に相談して、現実的なロードマップを描くことから始めてください。スキームありきではなく、ライフプランありきで考えるのが、長期的に正解です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。