「報酬を上げたのに、手取りがほとんど増えた気がしない」

先日、年商3億円のIT企業の社長からこんな相談を受けました。役員報酬を月100万円から150万円に引き上げたのに、生活水準がほとんど変わっていないと言うのです。

これ、実は「気のせい」ではありません。報酬を上げれば上げるほど手取り効率が悪くなる——そういう構造が、日本の税制に組み込まれています。

累進課税と社会保険料の「二重の壁」

日本の所得税は累進課税です。収入が上がるほど税率が跳ね上がり、住民税を合わせると最大55%の税負担になります。

役員報酬が年1,200万円(月100万円)なら、所得税・住民税の実効税率はおよそ33〜35%程度。これが年2,400万円(月200万円)に倍増すると、実効税率は45%を超えてきます。

さらに「見えない負担」があります。社会保険料です。健康保険・厚生年金の保険料は報酬のおよそ30%(会社・本人折半)。上限はあるものの、社長自身の手取りには確実に響きます。所得税・住民税に社会保険料を足すと、高額報酬の社長は稼いだ金額の半分以上が税と保険料に消えていく計算になります。

「3,600万円稼いで手元に残るのは1,500万円」の現実

具体的な数字で確認してみましょう。

役員報酬を月300万円(年3,600万円)に設定している社長のケースです。所得税・住民税の実効税率は50%前後、さらに社会保険料の本人負担分が年間150〜180万円ほどかかります。

概算すると、手元に残るのは年1,500〜1,600万円程度。稼いだ3,600万円のうち、半分以上が消えていきます。これを20年続けると、税と保険料の累計は3,000万円どころか、それ以上の差が生まれることもあります。

「税金だから仕方ない」と思っていたなら、少しもったいないかもしれません。

持株会社を活用すると何が変わるか

近年、中小企業オーナーの間で注目されているのが、持株会社(ホールディングス)を使った報酬設計です。

仕組みはシンプルです。事業会社の株を持株会社が保有し、社長個人への役員報酬を抑えながら、持株会社から配当として受け取る設計にします。

ここで重要なのが、配当所得は社会保険料の算定対象外という点です。役員報酬として受け取れば社会保険料がかかりますが、配当として受け取れば社会保険料はかかりません。加えて、申告分離課税を選択すれば税率は約20%(所得税・住民税合計)に抑えられます。

報酬なら55%課税、配当なら20%課税。この差が年単位で積み重なると、10年間で手取りが数千万円変わることがあります。

社会保険料を40%削減できたケースも

実際の事例をご紹介します(個人情報保護の観点から一部変更しています)。

年商5億円の製造業オーナー。以前は役員報酬を月250万円に設定していましたが、持株会社スキームへ移行したことで、社会保険料の年間負担が約40%程度減少しました。所得税の圧縮効果も合わせると、10年累計の手取り差は数千万円規模になる計算です。

報酬の「設計」一つで、これだけの差が生まれます。

注意点:「設計ミス」が一番怖い

持株会社スキームは正しく設計すれば非常に有効ですが、落とし穴もあります。

まず、維持コストがかかります。持株会社は別法人なので、法人税申告費用や税理士報酬が追加でかかり、年間数十万〜100万円超になることもあります。

次に、税務調査リスクです。形式だけ整えて実態が伴わない場合、税務当局に否認されるリスクがあります。報酬水準・配当額・グループ間の取引条件・社会保険の加入状況——これらのバランスを誤ると、節税どころか余計なコストを招きます。

一般的に、持株会社スキームが経済合理性を持つのは税引後利益が年2,000万円を超えるあたりからと言われています。規模感が合わなければ、維持コストが節税効果を上回ることもあります。

まず「現状の手取り効率」を確認することから

持株会社を作るかどうかは別として、まず「今の役員報酬設計が最適かどうか」を確認することが出発点です。現在の報酬水準で実効負担率がどの程度か、配当活用の余地はあるか——これを一度、顧問税理士に確認してみてください。

「報酬をもらうだけで精いっぱい」という感覚があるなら、設計の見直しタイミングかもしれません。決算を待たず、今期中に一度シミュレーションしてみることをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。