先日、年商10億円の建設業を営む社長から、こんな相談を受けました。「税理士に勧められて持株会社を設立して役員報酬を分散させたのに、思ったほど節税効果が出なかった」というのです。
話を聞き始めてすぐ、原因がわかりました。役員報酬の設計に、典型的な3つのミスが重なっていたのです。
持株会社スキームが「絵に描いた餅」になる理由
持株会社スキームは、うまく設計できれば数千万円から数億円の節税が実現できる強力な手法です。しかし正直にお伝えすると、しっかり効果が出ているケースと、ほとんど変わらなかったケースが、はっきりと二極化しています。
その差は、難しい法律の話ではありません。役員報酬の設計における3つの落とし穴を踏んでいるかどうか、ただそれだけなのです。
ミス1:定期同額給与の「3か月ルール」を見落とす
役員報酬を損金として計上するためには、「定期同額給与」の要件を満たす必要があります。毎月同額の報酬を、決まったタイミングで支払い続けるというルールです。
問題になるのは、増額のタイミングです。役員報酬を増やせるのは、原則として事業年度の開始から3か月以内。これを過ぎてからの増額分は、損金として認められません。
たとえば4月決算の会社なら、7月末までに改定手続きを終えておく必要があります。8月に「今期から月100万円増やそう」と決めてしまうと、その増額分は丸々法人税の課税対象になってしまうのです。
持株会社を設立した後に慌てて役員報酬を見直そうとして、このタイミングを逃しているケースが実に多い。スキームを検討するなら、決算月から逆算して半年以上前に動き始めることが鉄則です。
ミス2:所得分散の「比率設計」を感覚で決めてしまう
持株会社スキームの核心は、役員報酬を持株会社と事業会社に分散させることで、個人の課税所得を抑えることにあります。でも「どちらにいくら振り分けるか」という比率を、感覚で決めてしまっている社長が少なくありません。
所得税は累進課税なので、ある水準を超えると税率が急激に上がります。課税所得が4,000万円を超えると、所得税と住民税を合わせた税率は約55%にもなります。一方、法人税の実効税率は概ね30%前後。この差を最大限に活かすには、それぞれの報酬額を精緻に計算する必要があります。
「なんとなく半分ずつ」「とりあえず多めに持株会社へ」という設計では、せっかくのスキームが機能しません。個人の課税所得がどのラインに落ち着くかをシミュレーションしたうえで、報酬の配分比率を決めることが不可欠です。
ミス3:退職金との「連動設計」を切り離して考える
これが、もっとも気づかれにくいミスです。
役員退職金の計算には、功績倍率方式が一般的に使われます。計算の基礎になるのが「最終月額報酬」です。つまり現役時代の役員報酬の水準が、退職時に受け取れる退職金の上限に直結します。
節税のために役員報酬を低く設定しすぎると、将来の退職金も連動して下がってしまいます。退職金には退職所得控除という大きな税制優遇がありますから、現役中の節税効果と退職時の手取りを合算して考えることが欠かせません。
仮に役員報酬を月50万円低く設定した場合、在職20年なら退職金の計算基礎が1,000万円下がります。功績倍率を2.5倍とすれば、退職金の上限は2,500万円も違ってくる計算です。現役中の節税と退職後の手取りを切り離して考えると、トータルで損をするケースが生まれてしまうのです。
3つのミスが重なると、差額は最大3億円になる
これら3つのミスを同時に犯してしまうと、本来得られたはずの節税効果との差は、最大で3億円に達することもあります。持株会社スキームは「構造を作れば自動的に節税できる」ものではなく、細部の設計こそが命なのです。
定期同額給与の改定タイミング・持株と事業会社間の報酬配分比率・退職金との一体設計。この3点を正しく押さえているかどうかで、同じスキームを使っても結果が大きく変わります。
すでに持株会社を設立済みで「思ったより効果がない」と感じている方は、まずこの3点を確認してみてください。設計を見直すだけで、節税効果が大きく改善するケースがあります。スキームの導入前でも後でも、信頼できる税理士に現状を棚卸ししてもらうのが、遠回りのようで一番の近道です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。