先日、グループ3社を束ねる製造業の社長と話していたとき、こんなひと言が出ました。「退職金は事業会社から1本もらえれば十分かな、と思ってました」と。
聞いた瞬間、少しもったいないと感じました。持株会社を持っているなら、退職金は最初から「2本受け取る設計」にできるからです。
退職金を1社1本と思い込んでいませんか?
グループ経営をしている社長の多くが、退職金を「一番稼いでいる事業会社からまとめてもらうもの」と考えています。でも税務上は、役員として在籍している会社が複数あれば、それぞれから退職金を受け取ることができます。
持株会社を設立している場合、事業会社の代表を務めながら持株会社の役員も兼務しているケースが大半です。この「兼務」という事実が、退職金設計における大きな分岐点になります。
役員報酬の設定額が退職金の総額を決める
持株会社でいくらの役員報酬を設定するかが、もらえる退職金の規模を左右します。
税務上、退職金の損金算入が認められる上限の目安として「最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率」という計算式があります。代表取締役の場合、功績倍率の目安は3.0です。
たとえば、持株会社から月100万円の役員報酬を10年間受け取り続けた場合、「100万円 × 10年 × 3.0 = 3,000万円」が目安の上限になります。事業会社からの退職金とは完全に別枠で、この3,000万円超が上乗せされる計算です。
持株会社での報酬水準や勤続年数の設計次第で、上乗せ額が5,000万円を超えるケースも珍しくありません。
退職時期をずらすと控除が2回使える
多くの社長が見落としているポイントが、2社の退職タイミングを分けることの重要性です。
退職所得には「退職所得控除」という手厚い控除があります。勤続20年超の場合、「800万円 + 70万円 × (勤続年数 − 20年)」で計算します。この控除は、各社の退職金に対して独立して計算できるのが原則です。
ただし、同じ年に2社分をまとめて受け取ると合算されて課税されるリスクが生じます。退職時期を1〜2年ずらすだけで、それぞれの退職金に対して控除を独立して使えるようになります。この差は、税負担で数百万円単位になることもあります。
退職所得が「最強の所得」と呼ばれる理由
退職金には特別な計算ルールがあります。課税される所得は「(退職金 − 退職所得控除額) × 1/2」と、半分に圧縮されます。さらに他の所得と分離して申告できるため、累進課税の影響も大幅に抑えられます。
同じ3,000万円を役員報酬として毎年受け取った場合と、退職金として一括受取する場合では、手取り額に大きな差が生まれます。富裕層の税戦略で「いかに退職金に所得を振り替えるか」が定石とされているのは、こういった理由からです。
否認されないために知っておくべきこと
設計で最も注意が必要なのは「不相当に高額な退職金」と税務署に認定されないことです。
特に気をつけたいのが、退職直前の報酬の引き上げです。直前に急に報酬を上げると、「最終報酬月額」の水準が問題視されることがあります。長期間にわたって合理的な報酬を継続していることが、最大の対策になります。
また、持株会社として実態のある業務——グループ全体の経営管理、資金調達、ブランド統括など——を行っていることが前提です。名義だけの持株会社では、そもそもの設立意図が疑われます。
今の役員報酬の設計を少し変えるだけで、10年後の退職金が数千万円変わることがあります。「まだ退職は先の話」と思っているうちに設計しておくのが、最も効果的なタイミングです。持株会社をすでにお持ちの方は、まず現状の役員報酬と想定退職金を税理士と一緒にシミュレーションしてみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。