先日、社員200人規模の機械部品メーカーを経営する社長から、こんな一言をもらいました。

「M&Aの話が具体化してきたんですが、税金でどれくらい持っていかれるか考えたら、夜も眠れなくて…」

10億円の会社売却でも、何も対策しなければ手取りが4億円を切るケースがあります。逆に言えば、事前に適切な手を打てば、その差は数億円になることもある。今回はそんな「M&Aと税金」の話を、三つの視点からお伝えします。


退職金を「先に」受け取る

まず知っておきたいのが、役員退職金をM&A前に支払うという考え方です。

会社の価値(株式評価)は、大まかに言うと純資産をベースに計算されます。つまり、退職金を会社から払い出すことで純資産が下がり、株式の評価額そのものを引き下げることができます。

受け取る社長側にも大きなメリットがあります。退職所得は「退職所得控除」が使えるうえ、控除後の金額をさらに1/2にしてから課税されます。給与所得と比べると、実質的な税負担がかなり軽くなる仕組みです。

税務上の功績倍率は2〜3倍が目安とされていますが、在任期間や業績によって変わります。「とりあえず最大限に」と計算するのではなく、税務調査を意識した現実的な倍率設定が重要です。


事業譲渡ではなく「株式譲渡」を選ぶ

M&Aには大きく分けて「事業譲渡」と「株式譲渡」の二つがあります。この選択が、手取り額に直結します。

事業譲渡の場合、売却益には法人税がかかります。所得800万円を超えると税率は約34%になり、そこから個人が受け取る際にさらに課税されるため、実質的な税負担は40%を超えることもあります。

一方、株式譲渡であれば、個人に対する分離課税(税率20.315%)だけで済みます。10億円の売却で試算してみると、その差は数億円規模になります。M&Aの条件交渉と並行して、スキームの選択も慎重に行う必要があるわけです。

もっとも、株式譲渡が常に有利とは限りません。買い手が特定の資産だけを引き継ぎたい場合や、簿外債務のリスクを嫌う場合には事業譲渡が選ばれることもあります。最終的には双方の条件を踏まえた総合判断になります。


適格組織再編で課税を「先送り」する

三つ目は少し専門的になりますが、「適格組織再編」という仕組みです。

合併や会社分割などを行う際、一定の要件(支配関係、事業継続性など)を満たせば、売却時点での課税が発生せず、将来に繰り延べることができます。すぐに多額の税金を払わずに済む分、資金繰りや再投資の面で大きなメリットがあります。

また、買収先に繰越欠損金がある場合、条件次第ではその欠損金を引き継いで将来の税負担を減らすことも可能です。ただし、この繰越欠損金の活用は税務上の制限が細かく、専門家でなければ正確な判断が難しい領域です。

「繰延」はあくまで課税の先送りであり、最終的には税金がゼロになるわけではありません。出口戦略全体を見通したうえで活用することが大切です。


三つの手法に共通する「落とし穴」

ここまで三つの手法を紹介してきましたが、どれにも共通する注意点があります。それは「M&Aの話が出てから動いても遅い」ということです。

役員退職金の支払いには取締役会の決議が必要ですし、株式譲渡か事業譲渡かは買い手との交渉に深く絡みます。適格組織再編を活用するなら、スキームの設計を早期に固める必要があります。交渉が始まってから「節税できますか?」と聞いても、すでに選択肢が限られていることが多いのです。

「いつかは売りたい」と考えているなら、今の段階から税理士や専門家に相談しておくことをおすすめします。準備期間の長さが、最終的な手取り額の差に直結します。数億円の差を生むのは、実は情報を知っていたかどうかではなく、「いつ動き始めたか」だったりするものです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。