先日、あるセミナーで知り合いの税理士がこんな話をしていました。「年商15億の製造業オーナーが、役員退職金を支給した翌年に税務調査が入って、2億円以上の追徴課税を受けた」と。
会場がざわついたのを覚えています。退職金で2億円——。それほど大きな落とし穴があるとは、多くの社長が知らないのが現実です。
「多く払えば節税」は危険な誤解
役員退職金は、適切に設定すれば会社の損金として計上でき、法人税の節税になります。それは事実です。
しかし、「多く払えば払うほど得だ」と思い込んでいる社長が少なくありません。退職金は給与と違い、分離課税で税率が低い。受け取る側の社長にとっても有利に見えます。
ところが、税務署の目から見ると、過大な役員退職金は「利益隠し」として認定されるリスクがあります。損金として認められる退職金には、事実上の上限があるのです。
計算式と「功績倍率」に潜む罠
役員退職金の損金算入の目安となる計算式は次の通りです。
適正退職金 = 最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
この式自体は、多くの社長が知っています。問題は「功績倍率」をどう設定するかです。
功績倍率は、一般的に2〜3倍の範囲が税務上の目安とされています。ただし、これは法律で定められた上限ではありません。「過大でなければ認められる」という建付けになっています。
裏を返せば、3倍を超える功績倍率を設定した場合、「なぜその倍率が妥当なのか」という根拠を税務署に説明できなければ、否認リスクが一気に高まります。根拠資料のない高倍率設定は、税務調査官が最も目を光らせるポイントのひとつです。
実際に2億円追徴された社長に何が起きたか
冒頭の事例に戻りましょう。
その製造業オーナーは、勤続25年・最終月額報酬80万円・功績倍率3.0倍という設定で、約3億円の役員退職金を支給しました。顧問税理士のアドバイスをもとに設定したものの、根拠となる書類の整備が不十分でした。
税務調査が入ったのは、退職金支給から約1年後のことです。調査官は同業他社の報酬水準や業績への貢献度を精査し、「功績倍率3.0倍は過大」と判断。適正額は1.5億円程度とされ、差額の1.5億円が損金否認されました。
さらに、根拠書類がなかったことで「隠蔽・仮装」と認定され、重加算税35%が加算されます。元の税額に35%上乗せ——追徴総額は2億円を超えました。
「適正に設定したつもりだったのに」という言葉が、重く残ります。
否認されないための3つの準備
退職金を設定する「前」にやっておくべきことが、大きく3つあります。
ひとつ目は、同業他社の報酬水準の書面化です。同じ業種・規模の会社で、役員報酬や退職金がどの水準なのかを事前に調査し、文書として残しておきます。「業界水準に照らして妥当」という根拠になります。
ふたつ目は、在任期間中の功績・業績の記録です。売上高の推移、新規事業の立ち上げ、従業員数の変化など、社長の在任中の貢献を具体的にまとめた資料を用意しましょう。功績倍率を高く設定する場合、これが拠りどころになります。
三つ目は、役員退職金規程の整備です。「規程がない」「退職時に初めて金額を決めた」という状態は、税務調査で最も弱い立場になります。あらかじめ規程を定め、計算方法を明文化しておくことが重要です。
退職金の設計は「退職前から」がすべて
役員退職金で痛い目を見る社長に共通しているのは、退職が近づいてから金額を考え始めることです。書類が後付けになり、根拠が薄くなります。
理想は、現役のうちから退職金規程を整備し、計算式の根拠となる資料を積み上げておくことです。退職の5〜10年前から準備を始めれば、功績倍率を高く設定する余地も生まれますし、税務調査が入っても堂々と説明できます。
退職金は、会社のキャリアを締めくくる大きな決断です。額が大きければ大きいほど、税務署の目も厳しくなります。今の段階から退職金規程と根拠書類の整備を始めておくことを、強くおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。