先日、製造業を営む60代のオーナー社長から、こんな相談を受けました。

「財産を全部合わせると5億くらいになるんだけど、相続税ってどれくらいかかるんだろう。息子にそのまま渡してやりたいんだが」

概算を出してみると、社長は一瞬固まりました。子ども1人への相続で、何も対策を取っていなければ約2億円が相続税として消えていく計算になるからです。稼ぎ続けた数十年分の財産が、何もしなければ一世代で大きく目減りしていく。この現実を、まだ知らない社長が意外と多いのです。

累進課税の「壁」を直視する

相続税は累進課税です。財産が多いほど、税率が段階的に上がっていく仕組みです。

相続税の基礎控除は「3,000万円+法定相続人1人あたり600万円」ですから、子1人のケースだと控除額は3,600万円になります。5億円から引いても課税対象は4億6,400万円ほど。この金額に最高55%の税率が適用されると、相続税の総額は約2億円になります。

「一生かけて築いた財産の4割近くが税金で消える」と言われても、なかなか実感しにくいかもしれません。しかし、さらに怖いのはこれが「毎世代繰り返される」という点です。息子の代でもまた4割が消え、孫の代でもまた消える。対策なしに資産を引き継ぎ続けると、数世代後には資産の大半が失われてしまいます。

対策している社長がやっている3つのこと

では、資産を守っている社長は何をしているのか。よく使われる手は、大きく3つあります。

① 持株会社(ホールディングス)の設立

オーナー社長にとって最も効果が大きいのが、持株会社を使った自社株評価の圧縮です。自社株は事業の収益力に基づいて評価されるため、業績が良い会社ほど評価額が高くなりがちです。持株会社を設立して株を移すと評価の算定方式が変わり、評価額を大幅に下げられるケースがあります。

たとえば時価評価で3億円あった株が、スキームによっては1億円台まで圧縮されることも。ただし設計を誤ると税務否認リスクがあるため、専門家との綿密な連携が前提になります。

② 生命保険の非課税枠を活用する

生命保険金には「法定相続人1人あたり500万円の非課税枠」が設けられています。子ども1人なら500万円、3人いれば1,500万円が相続税の課税対象から外れます。

「現金を保険に換えるだけ」で非課税枠を使えるため、比較的シンプルな対策です。ただし60代後半以降は加入できる保険が限られてきます。選択肢が広いうちに検討しておくことが大切です。

③ 年間110万円の暦年贈与を積み重ねる

年間110万円以内の贈与は贈与税がかかりません。この枠を毎年コツコツ使い、子や孫へ資産を移していくことで、将来の相続財産そのものを減らすことができます。

10年続ければ1人あたり1,100万円を無税で移せる計算ですし、子・孫と複数人に分散すればさらに効果は大きくなります。ただし2024年以降の税制改正で、相続開始前7年以内の贈与は一定額を相続財産に加算するルールが段階的に拡充されています。早期スタートが有利な理由がここにもあります。

まず「試算」から動き始める

3つの対策を挙げましたが、どれが最も効果的かは財産の構成によって全く異なります。自社株の比率が高い社長には持株会社が刺さることが多いですし、不動産・現金が中心なら保険と贈与の組み合わせが先になることもあります。

最初の一歩として取り組んでほしいのは、現状の相続税額を試算することです。「自分にはまだ関係ない」と思っていても、試算してみると予想外の金額が出るケースは少なくありません。逆に、試算して初めて「これだけ節税の余地がある」と気づく社長も多い。

対策は早く始めるほど使える手が増えます。60代半ばを過ぎると保険の加入制限が出始め、贈与も時間をかけないと効果が薄くなります。「そのうちやろう」が結局一番コストの高い選択になる、というのが相続対策の怖いところです。

まだ試算すらしていないなら、ぜひ今期中に税理士へ相談するところから動き始めてみてください。2億円の差は、「動いた社長」と「動かなかった社長」の差から生まれています。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。