先日、会社を売却した後に「もっと早く知っていれば…」とため息をついていた社長の話を聞きました。M&Aの交渉はうまくいった、買い手も見つかった、なのに手元に残ったお金が思っていたより大幅に少なかった。その理由はひとつ——株価の評価額が高すぎたことにあります。

M&Aで会社を売るとき、税金がいくらかかるかは「株価をいくらで評価するか」でほぼ決まります。同じ会社でも、株価の設計次第で手残りが億単位で変わることがある。にもかかわらず、多くの社長がM&Aの話が具体化してから初めて税金のことを考え始めます。これが一番もったいないパターンです。

今回は、M&Aを検討している(もしくはいつかは会社を売りたいと思っている)社長に向けて、株価を適法に引き下げるスキームを3つ、影響の大きさを基準に順番にご紹介します。

3位:役員退職金で株価を一気に圧縮する

意外と知られていないのが、M&A前に役員退職金を支払うことで株価を大きく下げられるという事実です。

非上場会社の株価は、純資産をベースに計算されます。退職金を支払うと会社の純資産が減り、その結果として株価も下がる。シンプルな仕組みですが、退職金の金額が大きい場合は支払い前後で株価が30〜50%下落するケースもあります。

たとえば株価が5億円と評価されていた会社が、退職金の支払いによって3億円まで下がれば、課税対象となる譲渡益は2億円圧縮されます。税率をざっくり20〜30%とすると、それだけで数千万〜億円規模の節税になる計算です。

ただし、退職金には「功績倍率」という基準があり、過大退職金と税務当局に判断されると損金算入が否認されるリスクがあります。役員報酬の額や在任期間、会社規模に照らして適正な金額を設計することが前提です。

2位:少数株主への分散で株式評価を数分の1に下げる

少し高度な話になりますが、株式の分散によって「配当還元方式」という、純資産方式より大幅に低い評価方法を使えるようになります。

非上場株式の評価には、類似業種比準方式と純資産価額方式の2通りがあります。ところが、同族関係者以外の少数株主(持株比率の低い株主)については、配当還元方式が適用されます。これは配当金額を基準にした評価で、純資産方式の数分の1になることも珍しくありません。

M&Aの前段階として親族や従業員に株式を分散しておき、その後に低い評価額で会社や後継者が買い取る流れを設計します。タイミングと対価をセットで計画しないと、意図しない贈与税や所得税が発生することもあるので注意が必要です。

「株の分散はリスクが高いのでは」と感じる社長も多いですが、議決権の設計をうまく組み合わせれば、実際の経営権への影響は最小限に抑えながら活用できます。

1位:会社分割で「売る会社」を設計し直す

3つの中でもっとも大きなインパクトを持つのが、会社分割を活用した組織再編です。

M&Aの交渉に入る前に、会社を「売りたい事業」と「手元に残す事業」に分割してしまう方法です。不採算部門や不動産など、本来は売却対象に含みたくない資産をあらかじめ切り出しておくことで、M&Aで売却する会社の純資産を意図的に下げることができます。

たとえば本業(製造)と遊休不動産の両方を持つ会社があるとします。遊休不動産は含み益が大きく、株価を押し上げる要因になります。M&A前に分社化して不動産を別会社に移しておけば、製造会社の株価は純粋に事業価値だけで評価されるようになります。

さらに、会社分割が税制上の適格要件を満たせば、分割そのものにかかる税金を繰り延べることもできます。売却価格と課税額の両方をコントロールできる、柔軟性の高いスキームです。

ただし、組織再編は税務・法務・会計が複雑に絡み合います。「不当に税負担を減少させる行為」と認定されないよう、事業目的の明確化と正当なスキームの設計が欠かせません。ここは絶対に専門家と組んで進めるべき領域です。

M&Aを意識した瞬間から株価対策を始める

3つのスキームに共通するのは、M&Aの話が出てからでは間に合わないケースが多い、という点です。役員退職金は、すでに退職している役員には使えません。株式の分散は、分散から買い取りまでに相応の時間が必要です。会社分割は、登記や手続きに数ヶ月かかります。

理想的には、会社を売ることを意識した瞬間から5〜10年単位で株価対策を組み込んでいくのがプロの設計です。「まだ売却は先の話」と思っている今こそ、株価引き下げのプランニングを始める最良のタイミングかもしれません。

まずは自社の株価がどのくらいになるか試算してみてください。その数字を見てから、3つのスキームのうちどれが自社に合っているかを税務専門家と議論してみることをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。