「M&Aを検討しているんですが、株価が高くて株を動かせないんです」
先日、年商8億円の製造業を経営するオーナー社長から、こんな相談を受けました。事業承継のために持株会社に株を移そうとしていたのに、自社株の評価額が高すぎて贈与税・譲渡税が膨らみ、身動きが取れなくなっているというのです。
実は、非上場会社の株価は「下げることができる」のをご存じでしょうか。しかも合法的に、税務上の適正な手続きを踏んで。M&Aを検討しているなら、この発想は必ず知っておいてほしいのです。
非上場株の評価額はどうやって決まるのか
上場企業の株価は市場が毎秒更新してくれますが、非上場会社の株価は「国税庁が定めたルール(財産評価基本通達)」で計算します。
一般的に中小企業で使われるのが「類似業種比準価額方式」という方法です。これは、上場している同業種の平均株価を参考にしながら、自社の3つの指標で補正して評価額を出す仕組みです。
その3つの指標とは、利益(1株当たり)、配当(1株当たり)、**純資産(1株当たり)**の3要素です。この比準割合が大きいほど評価額は上がります。逆に言えば、これらの数値を下げることができれば、株の評価額を合法的に引き下げることができるのです。
最も効果が大きいのは「役員退職金」の活用
3要素のなかで評価額への影響が最も大きいのは「利益」です。
たとえば、先代から引き継いだ会長や相談役が退任するタイミングで、役員退職金を1億円支給したとします。この1億円は損金として計上されるため、その期の利益が大幅に圧縮されます。
利益要素が下がれば、類似業種比準価額が下がる。株価が下がれば、株の贈与・譲渡にかかる税負担が軽くなる。この連鎖が、評価圧縮の基本的な仕組みです。
役員退職金には税務上の「適正額」があり、「最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率」で計算します。役員の勤続年数が長ければ長いほど支給できる金額は大きくなるため、先代を長く会長職に置いているオーナー企業ほど、この手法の余地が大きくなります。
「純資産価額方式」との折衷でさらに下げる
会社の規模や保有資産の内容によっては、「純資産価額方式」も組み合わせます。この方式は会社の解散価値を基準にするため、不動産などの含み益がある会社では評価額が高くなりがちです。
ただし、類似業種比準価額との「折衷評価」を使えば、両方を加重平均して評価額を算出できます。利益圧縮で類似業種比準価額を引き下げたうえで折衷評価を適用すると、評価額が8割近く下がったケースも実在します。
すべての会社でこの数字が出るわけではありませんが、「M&Aで数十億円の売却を想定している会社が、事前対策なしに株を動かした場合と対策ありとで、数億円の税負担差が出た」という話は珍しくありません。
対策を始めるのは「3年前」が絶対条件
重要なポイントがあります。類似業種比準価額の利益要素は、直前3年間の平均値を使って計算されます。
つまり、評価を下げたい年度の利益だけを圧縮しても効果は限定的で、3年間にわたって計画的に利益をコントロールしていく必要があります。「M&Aを検討し始めた」タイミングが、対策のスタートラインです。
王道の流れを整理するとこうなります。まずM&Aを検討し始めた段階で税理士と評価額を試算し、役員退職金の支給タイミングを設計して3年間の利益圧縮計画を立てます。評価が十分に下がった段階で株を持株会社や後継者に移転し、そこからM&Aを実行する——この順番を守ることが肝心です。
特に「売却が決まってから急いで対策する」のは最悪のパターンです。相手先との交渉が始まった段階での株価操作は、税務上の問題になりかねません。
M&Aを考えている社長へ
「自社の株価なんて、M&Aのときに初めて気にするもの」と思っている社長は多いのですが、それでは遅すぎます。
自社株の評価は、M&Aだけでなく相続や事業承継でも重要な変数になります。高い評価額のまま放置しておくと、将来的に「会社を渡したいのに税金が払えない」という状況に追い込まれかねません。
まず、自社の株価がいくらで評価されているかを把握することから始めてください。そのうえで、M&Aや事業承継の計画があるなら、3年以上前からロードマップを作ることをおすすめします。
今期中に一度、顧問税理士に「うちの自社株評価額と、下げる余地があるか」を確認してみてください。その一言が、将来の数億円を守ることにつながるかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。