先日、タイに製造子会社を持つ年商15億円の社長から、こんな連絡が届きました。「税務調査が入って、5年分の取引を全部さかのぼって調べると言われました。移転価格って何ですか?」と。
その社長が直面していたのが、「移転価格税制」による追徴課税でした。聞き慣れない言葉かもしれませんが、海外展開をしている法人にとっては、知らなかったでは済まされないリスクです。
移転価格税制が問題になる「仕組み」
移転価格とは、日本の親会社と海外子会社の間での取引価格のことです。
たとえば、日本の親会社がタイの製造子会社に部品を100円で売ったとします。でも、第三者の会社に売るなら150円が市場価格だとしたら——その50円の差額は、日本の利益を意図的に圧縮しているとみなされます。
税務当局はこれを「独立企業間価格からの乖離」と呼び、差額分を日本の所得として課税します。これが移転価格税制の基本的な考え方です。
「うちには関係ない」と思っていた社長が青ざめる理由
移転価格の問題が深刻なのは、遡及期間の長さにあります。
通常の税務調査は3年分が対象ですが、移転価格の場合は過去5〜7年分をさかのぼって調査されます。しかも、取引価格の設定根拠を文書で証明できないと、税務当局が「合理的な価格」を独自に算定します。
その結果、数千万円どころか3億円を超える追徴課税が発生した事例が実際にあります。さらに重加算税(35%加算)が乗れば、負担はさらに膨らみます。「子会社だから」と感覚で設定した価格が、数年後に取り返しのつかない事態を招くわけです。
BEPS対応と文書化義務の現実
2016年のBEPS(税源浸食と利益移転)対応税制の導入以降、移転価格文書の整備が義務化されています。
年商1,000億円以上の法人は「国別報告書」「マスターファイル」「ローカルファイル」の3点セットが必要です。ただし年商50億円以上の法人もローカルファイルの作成が事実上求められており、年商10億円を超えて海外展開をしている企業も油断は禁物です。
文書が未整備のまま調査を受けると、価格の合理性を自社で証明できず、税務当局の算定に従わざるを得なくなります。これが最も怖いパターンです。
指摘されやすい取引パターン
移転価格問題が発生しやすい取引には、傾向があります。
- 親会社から海外子会社への製品・部品の販売
- 海外子会社へのロイヤルティ(技術使用料)の支払い
- 親会社から子会社への経営管理サービス料
- グループ内の資金貸付とその利息設定
なかでもロイヤルティや管理料は「価格の根拠が曖昧になりやすい」という特性上、指摘を受けやすい項目です。製品の仕入値と違い、無形資産の価格設定は主観が入り込む余地が大きいからです。
今すぐ確認すべきこと
海外子会社との取引がある場合、まず自問してほしいことがあります。「この取引価格は、第三者相手でも同じ価格になるか?」という問いです。
答えに自信がなければ、価格設定の根拠となる文書(比較可能分析や機能リスク分析)が整備されているかを確認してください。数年前に作ったきりで更新されていない——そういう状況なら、次の調査を待たずに動いたほうがいいです。
移転価格は国際税務の専門領域であり、一般的な税理士では対応が難しいケースもあります。国際税務を専門とする税理士に、現在の取引構造を一度レビューしてもらうことをおすすめします。調査が入ってからでは遅く、事前の文書整備が唯一の防御策です。年商10億を超えた段階で、国際税務の専門家と接点を持っておくことが、リスク管理の第一歩になります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。