先日、ある社長からこんな相談を受けました。
「そろそろ保険を解約しようと思っているんですが、何か確認することはありますか?」
年商10億円の製造業を営む、60代のベテラン経営者です。聞けば、10年以上前に「節税になる」と聞いて加入した逓増定期保険があるとのこと。毎年数百万円の保険料を損金に算入してきた、あの保険です。
私は少し慌てて聞き返しました。「退職金のご予定や、解約後の使い道は決まっていますか?」
節税の「つもり」が課税の「罠」に変わる瞬間
逓増定期保険は、保険料の全額または一部を損金に算入できる法人向けの生命保険です。一定期間が経過すると解約返戻率が上昇する仕組みで、「保険料を払いながら節税できる」という触れ込みで多くの法人に広まりました。
問題は、解約したときに起きます。
積み上げてきた解約返戻金は、解約した期に全額が法人の益金として一括計上されます。毎期コツコツと経費にしてきた分が、一度にまとめて「収益」として認識されてしまうのです。
2億規模の保険を解約すると何が起きるか
具体的な数字で見てみましょう。累計保険料が2億円規模の契約で、解約返戻率が90%だったとします。
解約返戻金は約1億8,000万円。これが解約した期の益金に全額算入されます。法人税率を約30%とすれば、追加の税負担は5,400万円。何も手を打たなければ、このキャッシュが丸ごと税金に消えることになります。
「節税のつもりで入ったのに、解約したら数千万が税金で飛んだ」という話は、残念ながら珍しくありません。特に2019年以前に加入した旧契約は規制前のスキームが適用されているケースも多く、返戻率が高い分だけ解約時のインパクトも大きくなります。
保険による節税の本質は「課税の繰り延べ」
法人保険を使った節税の本質は、課税の先送りです。
保険料を損金にすることで今期の税金を減らすことはできます。しかし、将来どこかで返戻金が益金になる以上、課税を先に送っているにすぎません。本当の節税にするためには、返戻金が益金化するタイミングで、それを相殺できる「出口」をあらかじめ用意しておく必要があります。
もっとも一般的な出口戦略は、役員退職金の支給です。保険の解約時期に合わせて経営者が退職し、退職金を支払うことで益金と損金を相殺します。ただし、退職金が「不相当に高額」と税務署に判断されれば損金不算入のリスクもあるため、退職の実態や支給額の根拠をきちんと整備しておくことが前提です。
他にも、大規模修繕や設備投資のタイミングと解約を合わせる方法、繰越欠損金を活用する方法など、企業の状況によって有効な手段は変わります。どれが最善かは、保険の返戻金額や法人の損益状況を見ながら試算しなければ判断できません。
解約を検討しているなら今すぐ確認を
保険の解約を考えているなら、動く前に税理士と以下を確認してください。
- 返戻金の益金算入額と、その期に発生する税負担の試算
- 退職金支給や大型投資など、損金で相殺できる項目があるか
- 解約のタイミングを来期以降にずらすことで節税余地が生まれるか
- 部分解約(分割解約)の可否
保険の担当者から「今が解約の好機です」と案内が来ることがありますが、保険会社と税理士では見ている視点が根本的に違います。保険会社は返戻率のピークを教えてくれますが、解約後の税務インパクトまでは踏み込みません。
法人保険をまだ出口戦略なしで保有しているなら、今すぐ顧問税理士に現在の返戻金額と税務上の影響を試算してもらうことをおすすめします。解約の数年前から準備を始めることで、取れる選択肢は大きく変わります。冒頭の社長には、退職のスケジュールを一緒に組み直してもらい、解約のタイミングを2年後に先送りすることで、大部分の税負担を回避できる見通しが立ちました。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。