先日、創業11年・年商3億円の製造業の社長からこんな連絡が来ました。「売上は伸びているのに、なぜか手元にお金が残らない」——。
話を聞いてみると、役員報酬は創業3年目に設定した月65万円のまま。それ以降、一度も見直したことがなかったのです。顧問税理士にシミュレーションをお願いしたところ、年間で約180万円が「払わなくてよかった税金」だったことが判明しました。
「前期と同じ額」が招く静かな損失
役員報酬の設定は、じつは極めて精密な仕事です。
個人所得税・社会保険料・法人税。この3つは密接につながっており、どれかを減らせば別のどれかが増える構造になっています。最適なバランスは会社の利益水準やオーナーのライフステージによって毎期変わるのに、多くの社長が「去年と同じでいいか」と見直しをサボっています。
結果として何が起きるか。所得税の最高税率は45%、住民税と合わせると実効55%になります。年収2,000万円を超えたあたりからそのゾーンに片足が入り始め、3,000万円を超えると完全にのまれます。毎年数百万円が「余分な税金」として静かに消えていく。10年続ければ、その合計は億単位になります。
変更できるのは年に1回、たった3ヶ月だけ
ここが役員報酬の怖いところです。
役員報酬が「定期同額給与」として法人の損金に認められるためには、原則として期中に変更できません。変更できるタイミングは、会計期間が始まってから3ヶ月以内だけ。
3月決算の会社なら、4〜6月の3ヶ月が設定の窓口です。ここで最適額を決めれば、向こう12ヶ月間は固定されます。逆に言えば、このタイミングを逃すと、何があっても丸1年は修正できない。
「決算が終わってバタバタしているうちに3ヶ月が過ぎてしまった」——こうして毎年100万円単位の機会損失が積み上がっていきます。
賢い社長がやっている3軸シミュレーション
毎期の決算が終わったら、顧問税理士に「今期の役員報酬シミュレーション」を依頼する。それだけで状況は大きく変わります。
具体的には次の3軸を並べて検討します。
- 個人所得税:報酬が高いほど累進課税で税率が跳ね上がる。どこから55%ゾーンに入るかを把握する
- 社会保険料:標準報酬月額には上限(月額135万円相当)があり、それを超えると保険料は増えない。一方、上限以下では報酬に連動して増え続ける
- 法人税:役員報酬を増やせば会社の利益が圧縮され、法人税が下がる。この逆転ポイントを見極める
この3つを同時に眺めると、「この報酬額が一番トータルで手元に残る」という最適点が浮かび上がります。そのポイントは昨年と同じ額ではない可能性が十分にあります。
年商が1億から2億に増えた年、利益が急伸した年、子どもが独立して扶養が外れた年——こういった変化が起きるたびに、最適な役員報酬の額は動きます。定点観測ではなく、毎期ゼロベースで考えることが大切です。
「まだ大丈夫」が一番危ない理由
所得税は毎月の源泉徴収で少しずつ引かれ、法人税は決算月にまとめて払う。それぞれ別々の処理なので、「個人と法人を合わせたトータルコスト」を把握している社長は意外と少ないです。
だから損をしていても気づきにくい。気づいたときにはすでに10年が経っていた、ということが起きます。創業当初の「とりあえず月50万円」が20年続いているケースも珍しくありません。その間に年商は10倍になっているのに、役員報酬の最適化は置き去りのまま——。
今期の窓口を今すぐ確認してください
もし現在、役員報酬を「前期と同じ額」で継続しているなら、まず自社の決算月を確認してください。
期首から3ヶ月以内の窓口がまだ残っているなら、今すぐ顧問税理士にシミュレーションを依頼することをおすすめします。1本出してもらうだけで、年間数十万〜数百万円の差が生まれることは十分ありえます。
仮に窓口が閉まっていたとしても、来期に向けて早めに準備を始めておく価値は十分にあります。決算が終わった翌月には、すでに時計が動き始めているのですから。役員報酬は会社経営の中でも税務インパクトが最も大きい意思決定の一つです。「毎期シミュレーションして最適化する」という習慣を、ぜひ今期から始めてみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。