先日、創業30年・年商10億円の製造業の社長から、こんな相談が届きました。
「家族信託を組んだんですが、税理士から『これ、贈与税が発生するかもしれません』と言われて……」
信託の設計を専門外の事務所に任せてしまったのが原因でした。書類はきれいに整っているのに、中身に致命的なミスが潜んでいる。こういうケースは、決して珍しくありません。
家族信託は正しく使えば、生前から後継者に経営権を移しながら、相続税の対策もできる非常に強力なツールです。ただし、設計を誤ると「やらなければよかった」という結果になりかねない。今日は、実際によくある失敗パターンを3つお伝えします。
受益者を自分にし忘れると、即・贈与税が来る
家族信託を設定するとき、「委託者(資産を預ける人)=受益者(利益を受け取る人)」にするのが基本の形です。
ところが、節税を急ぐあまり、信託を組んだ瞬間に受益権を子どもに移してしまうケースがあります。これは税務上、「贈与があった」と判断されます。
1億円の資産を信託に入れた場合、最大で約5,500万円の贈与税が発生する計算になります。信託の書類にサインした翌月に、税務署から贈与税の申告を求められる——そんな悪夢のような事態も、実際に起きています。
基本は「委託者=受益者=社長本人」でスタートし、相続が発生したタイミングで受益権が後継者に移る設計にすること。ここは絶対に外せないポイントです。
自社株を信託に入れないと、後継者が会社を動かせない
「不動産は信託に入れたけど、株式は別に考えよう」と、自社株を信託財産から外してしまうケースも多いです。
これが意外と深刻な問題を生みます。
社長が認知症になったり、入院が長引いたりすると、株主総会を開けなくなります。株主総会が開けないということは、取締役の選任もできず、会社の重要な意思決定が止まる。後継者がいるのに、経営権を実質的に行使できない「空白期間」が生まれてしまうのです。
家族信託の本来の強みは、この空白をなくすことにあります。自社株を信託財産に含めることで、社長が判断能力を失っても、受託者(多くは後継者)が議決権を行使できる仕組みを作れる。事業承継を目的とするなら、自社株の信託は最優先で検討すべき項目です。
遺留分を無視した設計は、承継を崩壊させる
そして、最も見落とされがちで、かつ最もダメージが大きいのがこれです。
「長男に会社を継がせたいから、全資産を長男に渡す信託を組む」——気持ちはよくわかります。ただ、配偶者や他の子どもには「遺留分」という法律上の権利があります。これは信託契約でも簡単には排除できません。
たとえば、3人兄弟で長男だけに全資産を集中させる信託を組んだとします。社長が亡くなった後、次男・三男から遺留分侵害請求が来て、長男は現金で遺留分相当額を支払わなければならなくなる。会社の資産は引き継いだのに、手元の現金が足りず、最悪の場合は株式の一部を売却する羽目になります。
承継を守るために組んだ信託が、承継を壊す原因になる。この皮肉な結末を防ぐには、設計の前段階で相続人全員の関係性と遺留分の計算を精査することが必須です。
「安く済ませよう」が一番高くつく
家族信託は、設計書を作るだけなら比較的安価にできてしまいます。ネットで拾ったひな形を使って、信託契約書を自作する方もいます。
でも、今日お伝えした3つのミスはどれも、書類の形式が整っていても起きます。税務・法務・信託の3領域を横断できる専門家でないと、見落としが生まれやすい。
設計費用を数十万円ケチった結果、数千万円の贈与税や遺留分トラブルを抱えることになる——これが現実に起きています。
もし「そろそろ事業承継を考えなきゃ」と思っているなら、家族信託の活用を検討する前に、まず相続・信託に詳しい税理士・司法書士・弁護士がそろったチームに相談することをおすすめします。設計の良し悪しで、最終的に手元に残る資産がまったく変わってきます。今期の早い段階で動いておくと、選択肢が広がりますよ。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。