先日、創業25年・年商8億円の建設会社を経営するオーナー社長から、こんな相談を受けました。
「そろそろ息子に会社を譲ろうと思っているんだけど、自社株の評価額が高くなりすぎて、そのまま渡したら相続税だけで1億円を超えると言われた。何かいい方法はないか?」
この悩み、実は経営者の方にとって決して珍しくないんです。むしろ、会社が順調に成長しているほど深刻になる問題です。今日は、多くの社長がまだ知らない「家族信託(民事信託)」を使った事業承継の考え方をお伝えします。
何も対策しないと、3つの悲劇が待っている
自社株をそのまま次世代に引き継ごうとすると、まず直面するのが税の壁です。中小企業でも業績が安定していれば自社株の相続税評価額は数億円に達することがあり、贈与税や相続税が一気にのしかかってきます。
税だけじゃないんです。もっと怖いのは「認知症リスク」です。オーナー社長が認知症と診断された瞬間、法律上その人は意思能力を失ったとみなされます。すると自社株は事実上「凍結」され、株主総会の決議すら難しくなります。会社の重要な意思決定が止まり、銀行取引にも支障が出る——こんな事態が実際に起きているんです。
そして三つ目が「争族(あらそうぞく)」です。相続対策が不十分なまま社長が亡くなると、株式が複数の相続人に分散し、経営権をめぐって家族間で対立が生まれることがあります。せっかく育てた会社が、身内の争いで崩れていく——想像するだけでぞっとしますよね。
家族信託を使うと、何が変わるのか
家族信託(民事信託)とは、簡単に言うと「財産の管理・運用を信頼できる家族に任せる仕組み」です。自社株を信託財産として設定し、議決権(経営権)は引き続き自分で持ちながら、株式から生じる経済的な利益(受益権)だけを子どもに段階的に移していくことができます。
これの何がすごいかというと、経営のコントロールを手放さずに、税務上の対策を進められる点です。受益権を少しずつ移転することで、一度に大きな贈与税が発生するのを避けながら、相続税評価額を計画的に引き下げていけるんです。
さらに、社長が万が一認知症になったとしても、あらかじめ信託で設計しておけば受託者(信頼できる家族や専門家)が株式の管理を継続できます。株が凍結されるリスクをあらかじめ封じておけるわけです。
持株会社と組み合わせると、もう一段階強くなる
家族信託だけでも十分強力なのですが、持株会社(ホールディングス)と組み合わせることで、さらに節税効果が高まります。
仕組みとしては、オーナーが持株会社を設立し、事業会社の株式をそこに集約します。この株式移転のタイミングで含み益への課税を繰り延べることができ、さらに持株会社の株式評価額を圧縮しやすくなります。
具体的なケースで見ると、自社株の評価額が5億円あったとして、適切なスキームを設計することで実質的な移転コストを2〜3億円台に抑えられるケースもあります。その差額は、そのまま手元に残るお金です。設計の巧拙で数千万〜1億円単位の差が出ることは珍しくありません。
ただし、「設計ミス」だけは絶対に避けてほしい
ここで一つ、強く伝えておきたいことがあります。家族信託は設計を誤ると、節税どころか余計な課税が生じたり、経営権の移転が意図しない形になったりするリスクがあります。
信託契約の内容、受益権の移転スケジュール、持株会社との連携——これらはすべて整合性を持って設計しないといけません。ネットで調べた知識だけで動くのは、正直かなり危険です。
事業承継の経験が豊富な税理士や弁護士、場合によっては信託に詳しい司法書士と連携しながら進めることが、結果的に最もコスパが高い選択になります。
「まだ先でいい」と思っているなら、それが一番危ない
事業承継の相談に来る社長の多くが、「もう少し業績が落ち着いてから」「70歳になったら考える」とおっしゃいます。でも、株価が高いうちは動きにくく、健康に問題が出てからでは信託の設計が難しくなることもあります。
ベストなタイミングは、元気で、会社が安定している今です。
もし自社株の評価額が1億円を超えているなら、まずは専門家に現状を診てもらうことをおすすめします。「何もしない」という選択が、実は一番コストの高い選択になっているかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。