先日、製造業を営む65歳の社長からこんな相談を受けました。「税理士に自社株の評価額を出してもらったら10億円と言われた。このまま死んだら、子どもに会社を残せるどころか、税金で会社が潰れるかもしれない」と。
深刻な顔でそう話す社長の気持ち、わかります。一生懸命に育てた会社が、相続のタイミングで大きなダメージを受けてしまうのは、経営者として本当につらい話です。でも、適切な手を打てば、その税負担は大幅に圧縮できます。今日はその具体的な話をしましょう。
「そのまま相続」がどれだけ危険か
年商12億円の製造業を経営する田中社長(仮名)のケースでは、自社株の評価額が10億円。相続税の実効税率が50%を超えるため、計算上は約5億円が税金として消える見込みでした。
手元の現金が潤沢にあれば払えるかもしれません。でも多くのオーナー企業では、資産の大半が自社株という形で会社に眠っています。いざ相続となったとき、税金を払うために株を売ろうとしても、非上場株にはすぐ買い手がつかない。最悪の場合、会社の資産を切り売りして納税するしかなくなるのです。
「自分は関係ない」と思っているオーナー社長ほど、気づいたときには手遅れになりがちです。
田中社長が使った「2つの武器」
田中社長が取り組んだのは、大きく分けて2つの対策の組み合わせです。
ひとつ目は特例事業承継税制の活用です。これは後継者に自社株を贈与・相続する際にかかる税金が、最大100%猶予される制度です。猶予というのは「とりあえず払わなくていい」ということで、一定の要件を満たし続ければ最終的に免除される仕組みになっています。
ふたつ目は計画的な生前贈与による株価引き下げです。自社株の評価額は、会社の業績や純資産の状況によって毎年変わります。業績が落ち着いているタイミング、あるいは意図的に評価を下げる合法的な手法を組み合わせて、株価が低い時期に少しずつ後継者へ移転していく戦略です。
この2つを組み合わせた結果、田中社長の実質的な税負担は当初試算の8割以上を圧縮することに成功しました。5億円が1億円以下になるイメージです。
動く前に必ず押さえておきたい3つのポイント
特例事業承継税制は強力な制度ですが、いくつか外せない確認事項があります。
①2027年3月末という期限を忘れずに
特例を使うには、都道府県知事への「特例承継計画」の提出が必要です。この提出期限が2027年3月31日と定められています。「まだ先の話」と感じるかもしれませんが、計画書の作成には専門家との綿密な設計が必要で、準備に半年以上かかるケースも珍しくありません。動き出すなら今です。
②後継者の要件は想像より厳しい
贈与を受ける後継者は、代表取締役に就任していること、一定割合以上の株式を保有することなど、複数の条件を満たす必要があります。「息子に継がせれば自動的にOK」というわけではないので、現状の経営体制と照らし合わせた確認が必要です。
③猶予後の維持要件も理解しておく
税金が猶予されたあとも、5年間は毎年の報告義務があり、雇用維持などの条件が課されます。要件を途中で外れると、猶予されていた税金と利子税が一気に請求されるケースもあります。「使って終わり」ではなく、使ったあとの管理も含めてセットで設計することが重要です。
「株価を下げる」という発想を持つ
多くの社長が見落としがちなのが、贈与・相続の前に株価そのものを引き下げる対策です。評価額が低い状態で移転できれば、猶予される税額も小さくなり、のちのリスクも下がります。
具体的には、役員退職金の支給タイミングを活用する方法や、含み損のある資産を整理する方法、持株会の設立による分散など、会社の状況に応じた選択肢があります。これらは税務だけでなく、会社法や労働法も絡む話なので、事業承継を専門とする税理士に早い段階で相談するのがベストです。
「うちはまだ早い」は禁物です。株価が高くなってから動き始めると、選べる手段が一気に狭まります。田中社長が8割圧縮できたのも、65歳という比較的早い段階で腰を上げたからこそです。
自社株の評価額を一度も確認したことがない社長は、まず顧問税理士に試算を依頼するところから始めてみてください。その数字を見たとき、きっと「早めに動いてよかった」と思うはずです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。