先日、65歳の製造業オーナーからこんな相談を受けました。
「税理士に相続シミュレーションをやってもらったら、税金だけで5億円近く取られると言われて。正直、頭が真っ白になりましたよ」
年商12億円の会社を30年かけて育て上げた田中社長(仮名)にとって、それは決して他人事ではない数字でした。自社株の評価額が10億円に達しており、このまま何も手を打たずに相続を迎えれば、実効税率は50%を超えます。稼いだお金じゃなく、会社そのものに税金がかかる——これが自社株相続の怖さです。
自社株の相続が「経営危機」になるワケ
上場株と違って、自社株には市場価格がありません。税務上は「類似業種比準価額」や「純資産価額」という計算式で評価されますが、業績が好調な会社ほど株価が高く算出される傾向があります。つまり、会社を大きくすればするほど、相続税の負担も重くなるという皮肉な構造です。
さらに問題なのは、株式は現金ではないという点です。相続税は現金で納めなければなりませんが、後継者が自社株を相続しても、それ自体はすぐに換金できません。結果として、会社の資産を売却したり、銀行から借り入れたりして納税資金を工面するケースも珍しくない。これが「相続税が引き金で会社が傾く」という悲劇につながります。
田中社長が使った「特例事業承継税制」とは
田中社長が活用したのが、『特例事業承継税制』という制度です。簡単に言えば、後継者へ自社株を贈与・相続する際にかかる税金を、最大100%猶予してもらえる制度です。
「猶予」なので完全な免除ではありませんが、後継者が事業を継続し続ける限り、実質的に課税が棚上げされます。さらに一定の条件を満たせば、猶予された税額が免除になるケースもあります。
ただし、この制度にはひとつ大きな期限があります。特例承継計画という書類を、2027年3月末までに都道府県に提出する必要があるのです。贈与や相続自体は2027年以降でも構いませんが、この計画書の提出が遅れると特例の適用を受けられなくなります。「まだ先の話」と思っている社長ほど、気づいたら期限が迫っていた、というケースが多いので要注意です。
「株価を下げてから移す」という発想
田中社長がさらに賢かったのは、特例税制の活用と並行して、株価引き下げ対策を組み合わせた点です。
自社株の評価額は、会社の利益水準や純資産の大きさに連動します。ですから、設備投資を前倒しする、役員退職金を支払うなど、合法的に評価額を圧縮できるタイミングを狙って、計画的に株式を移転していきました。
10億円の株を一気に動かすのではなく、評価が低い時期に少しずつ、かつ特例税制の非課税枠をうまく使いながら移転していく。この「タイミングと分散」の組み合わせが、結果として税負担を8割以上圧縮することにつながりました。
後継者の要件も見落とせない
特例事業承継税制を使うには、後継者側にも条件があります。贈与を受ける時点で会社の代表者であること、同族関係者の中で筆頭株主となること、などが主な要件です。
「うちの息子はまだ役員にもなっていないから」という場合、まず組織体制を整えるところから始める必要があります。こういった準備には最低でも1〜2年かかることが多く、2027年の期限を考えると、今すぐ動き出しても決して早すぎることはありません。
「うちは関係ない」と思っている社長へ
年商が数億円規模でも、業歴が長く内部留保が厚い会社は、思わぬ高評価になっているケースがあります。自社株の評価額を一度も確認したことがない社長は、まず現状把握から始めてみてください。
事業承継の設計は、相続が発生してからでは手遅れです。税制の猶予も、贈与も、株価引き下げも、すべては「生きているうちに」動くことで効果を発揮します。田中社長のように8割圧縮を実現できるかどうかは、どれだけ早く専門家と一緒に設計図を描けるかにかかっています。
2027年3月の計画書提出期限まで、残り時間はそれほど多くありません。まだ事業承継の準備に手をつけていないなら、今期中に事業承継専門の税理士に相談することを強くお勧めします。動き始めるのに、早すぎるということは絶対にありません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。