先日、年商12億円の製造業を営む60代の社長から、こんな相談を受けました。
「自分が死んだら、会社はどうなるんだろう。株のこと、何もしていないんだよね」
何気ない一言でしたが、試算してみると自社株の評価額はおよそ8億円。奥様とお子さん2人が相続人で、相続税の概算は2億円を超えていました。納税資金の準備は——ゼロでした。
これは決して珍しいケースではありません。会社が順調に成長すればするほど、オーナー社長の「見えないリスク」は静かに膨らんでいきます。
自社株は「会社の財産」ではなく「社長個人の財産」
多くの社長が見落としているのは、自社株が個人の相続財産になるという事実です。
会社の資産は会社のものですが、その会社を所有する株式は社長個人のものです。社長が亡くなった瞬間、その株式は相続財産として遺族に引き継がれます。
問題はその評価額です。非上場の中小企業でも、年商10億円を超える規模になると、自社株の評価額が数億〜数十億円になるケースは珍しくありません。利益が積み上がった会社、土地や設備を多く持つ会社ほど、株価は高くなります。
遺族に数億円の相続税が突然降りかかってくる——。しかも納税は原則として現金一括です。貯金で払えなければ、株を売るか、最悪の場合は会社自体を売却せざるを得ない事態にもなりかねません。実際にそうなってしまったケースを、私はいくつも見てきました。
対策① 持株会社と株価引き下げで「評価額」を圧縮する
一番の根本対策は、株価そのものを下げることです。
具体的には、持株会社(ホールディングス)を設立し、オーナーが持つ株を持株会社の株に置き換える仕組みが使われます。持株会社の株価は計算構造上、事業会社の株価より低く評価されやすく、評価額を合法的に圧縮できます。
加えて、役員退職金の支払いや設備投資のタイミングを意図的に設計することで、評価のベースとなる純資産・利益をコントロールする方法もあります。これは「株価対策」と呼ばれ、相続が発生する前に計画的に行うことが重要です。
評価額が3億円を超えるオーナーは、今すぐ専門家に試算を依頼することをおすすめします。1年違うだけで、使える手が変わってくることもあります。
対策② 生命保険で「納税資金」を確保する
株価を下げる努力をしながら、同時に納税資金も準備しておく必要があります。ここで使えるのが生命保険です。
保険金は受取人固有の財産として扱われます。つまり、遺産分割の対象にならず、すぐに現金として受け取れます。相続争いに巻き込まれることなく、確実に納税資金を確保できるのが大きなメリットです。
「法定相続人の数×500万円」は非課税枠として使えますので、たとえば相続人が3人なら1,500万円まで非課税で保険金を受け取れます。この枠をフルに活用していない社長は、まだまだ多いです。
保険の設計は単純に見えて、契約者・被保険者・受取人の組み合わせで課税関係が変わります。「とりあえず生命保険に入っている」だけでは不十分で、相続対策として設計されたものかどうかを確認してください。
対策③ 種類株式で「議決権」を後継者に集中させる
資産の問題と同時に、会社の経営権も守らなければなりません。
株式が複数の相続人に分散してしまうと、経営の意思決定が滞ることがあります。たとえば、後継者でない兄弟が株を持つことで、重要な決議が通らなくなるケースも実際にあります。
そこで活用されるのが「種類株式」や「属人的株式」です。後継者には議決権の強い株式を、他の相続人には財産的価値はあっても議決権のない株式を渡す設計にすることで、経営の安定を保ちながら財産を分配できます。
定款変更が必要で法的な手続きも伴いますが、これは相続発生後にはできません。生前にしか設計できない対策です。
3つの対策は「セット」で考える
①株価の引き下げ、②納税資金の確保、③議決権の集中——この3つは独立した対策ではなく、組み合わせて初めて機能します。
株価を下げても納税資金がなければ意味がなく、お金があっても議決権が分散すれば経営が混乱します。自社の状況に合わせて、3つを同時に設計することが大切です。
特に自社株の評価額が3億円を超えていると感じるオーナーは、今期中に税理士と弁護士に相談の場を設けてください。「まだ元気だから」と後回しにするほど、選択肢は狭まっていきます。会社を守るための対策は、必ず生前にしかできないのです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。