先日、ある製造業の社長からこんな相談を受けました。
「会社が借りている5億円、もし事業が傾いたら自分が払うんですよね。正直、夜眠れないことがあります」
年商12億円、従業員も50人を超えるしっかりした会社です。でも社長の個人資産には、5億円という重しがのしかかっている。自宅も、老後のために積み上げてきた資産も、いざとなれば全部吹き飛ぶかもしれない——そんな状況に、多くの中小企業オーナーが置かれています。
「連帯保証人になること」が当たり前だった時代
日本の中小企業融資は長らく、経営者の個人保証がセットでした。銀行からすれば、会社への貸し倒れリスクを経営者個人に転嫁することで、融資をしやすくする仕組みです。
ただ、これには深刻な副作用があります。会社を畳もうとしても、個人破産が怖くて踏み切れない。事業承継や M&A で「次の人」に渡そうとしても、保証ごと引き受けてくれる後継者が見つからない。個人保証は、経営者の選択肢を根本から狭めてしまうのです。
実際、相談に来た Aさん(年商12億円の製造業オーナー)も、「65歳になったら引退しようと思っていたのに、保証が外れないと身動きが取れない」とおっしゃっていました。
転機になった「経営者保証ガイドライン」
2014年に策定された「経営者保証に関するガイドライン」をご存じでしょうか。日本商工会議所と一般社団法人全国銀行協会が共同で定めたルールで、一定の条件を満たせば、銀行は経営者保証を求めない、あるいは既存の保証を解除する方向で対応する——という指針が示されています。
法的拘束力はないのですが、近年の金融行政の流れもあり、銀行側もこのガイドラインを無視しにくくなっています。Aさんはこのガイドラインを武器に、2年間かけて保証解除に向けた財務改善を進めました。
Aさんが実行した3つのステップ
具体的に何をしたか、順を追って見ていきましょう。
ステップ1:法人口座と個人口座を完全に分離する
まず着手したのが、お金の流れの「見える化」です。社長の個人的な支出が会社経費として混入していたり、法人口座から個人口座への移動が頻繁にあったりすると、銀行から「法人と個人が一体化している」と判断されます。これでは保証解除の交渉にすら入れません。
Aさんは顧問税理士と連携し、会社のお金と個人のお金を完全に切り分ける体制を整えました。一見当たり前のようですが、長年の慣習を変えるのは思ったより大変な作業です。
ステップ2:月次試算表を毎月、銀行に提出する
次に取り組んだのが、財務情報の定期的な開示です。年に一度の決算書だけでなく、月次の試算表を毎月メインバンクに提出することにしました。
「うちは黒字だから問題ない」と思っていても、銀行は情報が少ないほど不安になります。逆に言えば、毎月きちんとした数字を出し続けることで、「この会社は透明性が高く、財務管理がしっかりしている」という信頼を積み重ねられるのです。
ステップ3:2年で純資産を3億円まで積み上げる
財務改善の核心は、やはり純資産の積み上げです。Aさんは役員報酬の見直しと内部留保の強化を進め、2年間で純資産を3億円まで増やしました。
純資産が厚くなると、銀行から見た「会社そのものの信用力」が上がります。経営者個人の保証がなくても貸せる、と判断してもらえる水準に近づいていくわけです。
銀行交渉で「保証解除」を勝ち取る
財務基盤を整えたうえで、Aさんはメインバンクに対して経営者保証ガイドラインに基づく保証解除の申し入れを行いました。銀行側の担当者も最初は渋い顔をしていたそうですが、2年分の月次データ、改善した財務諸表、そして「ガイドラインに則った対応を求める」という明確な意思表示——この3点がそろったことで、最終的に5億円の保証を全額解除することができました。
保証が外れた瞬間、Aさんが最初に口にした言葉は「これでようやく、会社を誰かに渡せる」だったそうです。
保証解除がもたらした「選択肢の広がり」
個人保証がなくなると、経営者の選択肢は劇的に広がります。後継者に保証ごと押し付けることなく事業承継ができるようになりますし、M&Aの売却先候補にとっても、保証がないほうが交渉がスムーズです。
また心理的な重しが外れることで、「次の投資」を前向きに考えられるようにもなります。Aさんも現在、新しい設備投資の計画を立て始めています。
今すぐできること
経営者保証の解除は、一朝一夕にはできません。ただ、「財務を整えながら銀行との信頼関係を築く」というプロセス自体は、どんな会社でも今日から始められます。
まず確認してほしいのは、法人口座と個人口座が明確に分かれているかどうか。そして、月次の試算表を銀行に提出する習慣があるかどうかです。この2点が整っていれば、保証解除に向けた土台はすでにできています。
個人保証を抱えたまま何年も経営を続けているなら、一度、税理士や財務アドバイザーに「経営者保証ガイドラインの活用」を相談してみてください。Aさんのように、2年後の景色が変わっているかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務・財務判断は税理士・金融機関にご相談ください。