先日、顧問先の社長からこんな相談を受けました。「うちの業界、後継者不在で廃業しそうな会社が増えてきた。買収を考えているんだけど、税金面ってどうなの?」と。
実はこれ、うまく設計すれば大きな節税チャンスになります。1億円の買収が、5年間で2500万円の節税につながる——そんな仕組みが日本の税法に存在するのです。
買収で生まれる「のれん」とは何か
事業を買うとき、単純に「資産の価値分だけ払う」わけではありません。顧客リスト、技術力、ブランド、長年積み上げた信用——そういった目に見えない価値にも当然お金を払うことになります。
この「純資産を超えた上乗せ分」のことを、会計・税務の世界では**「のれん」**と呼びます。
たとえば、1億円で買収した会社の純資産(資産から負債を引いた額)が2650万円だったとします。この差額、7350万円がのれんです。
なぜのれんが節税になるのか
ここからが本題です。
税務上、事業譲渡や吸収合併によって取得したのれんは、5年間にわたって均等に損金算入(経費計上)できます。先ほどの例なら7350万円を5で割った年間1470万円を毎年の経費として計上できる、ということです。
法人実効税率をおよそ34%とすると、年間の節税効果は約500万円。それが5年続くと、累計で約2500万円の節税になります。
1億円の投資に対して2500万円の節税——これは決して小さな数字ではありません。
株式取得では効果がゼロになる
ただし、絶対に押さえておきたい落とし穴があります。
株式を取得するだけでは、このメリットは受けられません。
のれん償却が税務上の損金に算入されるのは、事業譲渡(会社の事業そのものを買う方法)や吸収合併(相手会社を自社に吸収する方法)のケースに限られます。
「会社の株式を買った」——いわゆる株式取得の形をとると、のれんは会計上の資産として計上されるものの、税務上は原則として損金算入できません。手法が違うだけで、節税効果が丸ごと消えてしまうのです。
設計ミスで効果がゼロになるケース
実務で見ていると、M&Aで節税を狙って失敗するパターンはいくつかあります。
ひとつは、先ほどの手法の選択ミスです。税務上の優遇を意識せず、慣れているからという理由だけで株式取得にしてしまうケースが意外と多い。
もうひとつは、買収価格の根拠が曖昧なまま進めてしまうことです。のれんの金額が適正かどうかは税務調査の対象になりえます。算定根拠やのれんの内訳についてきちんとドキュメントを整備しておかないと、後から指摘を受けるリスクがあります。
さらに、のれんを計上した事業に継続性がなければ意味がありません。買収後に事業を縮小・廃止してしまうと、償却の前提自体が崩れる場合もあります。
M&Aは「節税ありき」で考えてはいけない
ここまで節税の観点で話しましたが、大前提として、M&Aはあくまでも経営上の必要性が先にあるべきです。
節税メリットを目的に買収を進めると、本業と相性の悪い事業を抱え込んでしまったり、PMI(買収後の統合作業)に手が回らなくなったりします。のれん償却の恩恵は、経営的に意味のある買収をしたうえで「ついてくるボーナス」として捉えるのが正解です。
ただ、後継者不在の会社が増えている今、事業譲渡のニーズは確実に高まっています。業界内でのシェア拡大や、技術・人材の獲得を目的にM&Aを検討しているなら、このタイミングで税務設計も一緒に考えておく価値は十分にあります。
相談相手は「M&A専門家」と「税理士」の両方
M&Aは、仲介会社やアドバイザーだけに任せていると税務設計が後回しになりがちです。逆に税理士だけに相談していると、ディール全体のスキーム設計や価格交渉が甘くなることがある。
理想は、M&AアドバイザーとM&A経験のある税理士が連携した体制で進めることです。「事業譲渡か株式取得か」という手法の選択は、税務・法務・財務の三方向から検討する必要があり、早い段階から専門家を巻き込むのが賢明です。
買収を検討しているなら、まず「どんな形で買うか」という議論を、できる限り早い段階から始めてみてください。そこで初めて、のれん節税を活かせるかどうかが決まってきます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。