先日、都内の製造業を経営する社長から、こんな相談を受けました。
「同業の会社を買収しようと思っているんですが、顧問税理士に相談したら『気をつけてください』とだけ言われて。M&Aって節税になるどころか、税負担が増えるものなんでしょうか?」
結論から言うと、逆です。やり方次第で、M&Aは強力な節税の機会になります。ただし、そのためには買収スキームを設計する前の段階から税務の視点を入れておく必要があります。
年4,000件のM&A、でも節税を使いこなせている社長は少ない
国内のM&A件数は、年間4,000件を超えています。後継者不在の中小企業が増えたこともあり、ここ数年で急速に件数が伸びてきました。
ところが、買収完了後に「あの節税策を使えばよかった」と気づく社長が後を絶ちません。M&Aの税務に不慣れな税理士に相談すると、スキームの設計段階で節税の選択肢が自然と閉じてしまうことがあるからです。
その代表格が、「資産調整勘定」を使った損金算入です。
買収価格と純資産の差額が、5年間の経費になる
会社や事業を買収すると、買収価格と相手先の純資産(資産から負債を引いた額)のあいだに差額が生じることがほとんどです。この差額が税務上の「資産調整勘定」、いわゆる「のれん」にあたります。
事業譲渡や非適格合併という形でM&Aを行った場合、こののれんは5年間にわたって均等に損金算入できます。毎年、一定額を経費として計上できるということです。
具体的な数字で見てみましょう。10億円で会社を買収し、相手先の純資産が8億円だったとします。差額の2億円が資産調整勘定になり、5年間で均等に損金算入すると、年間4,000万円の経費が生まれます。
実効税率を33%と仮定すると、年間の節税効果は約1,300万円。5年間の累計では6,500万円以上になる計算です。買収規模が大きければ、累計2〜5億円の効果になることも珍しくありません。
「適格」か「非適格」か、スキーム選択で節税策が変わる
M&Aには「適格合併」と「非適格合併」という大きな分類があります。この選択によって、使える節税策がまるで変わってきます。
先ほどの資産調整勘定の損金算入が使えるのは、事業譲渡や非適格合併のケースです。適格合併を選んだ場合には、資産調整勘定は発生しません。
一方、適格合併を選ぶと、被合併法人(吸収される会社)が持っていた繰越欠損金を引き継げる可能性があります。赤字続きだった会社の欠損金を引き継げれば、それはそれで大きな節税になり得ます。ただし、引き継ぎの要件は厳格で、税務リスクも伴います。
どちらが有利かは、買収対象の財務状況や自社の利益水準によって異なります。「とりあえず適格合併で」と決めてしまうと、使えたはずの節税策が消えることがあるので要注意です。
設計段階を逃すと、取り返しがつかない
M&Aの節税で最も重要な注意点は、スキームが固まる前にしか選択肢がないということです。
買収契約が完了してから「やっぱり資産調整勘定を使う形にしたかった」と言っても、後からスキームを変えることはできません。税務的に有利な構造を選べるのは、買収前の交渉・設計の段階だけです。
M&Aを検討しているなら、相手先の選定や交渉を始めた段階から、税務の専門家に入ってもらうことを強くおすすめします。顧問税理士がいる場合でも、M&A経験の豊富な税理士や専門アドバイザーにセカンドオピニオンを求めるのは、まったく珍しいことではありません。
10億円の買収で6,000万円以上の節税になり得る話が、「気をつけてください」の一言で終わってしまうのはあまりにももったいないことです。M&Aを少しでも検討しているなら、節税の観点をスキーム設計に組み込む段階から動いておくことをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。