先日、年商8億円の製造業を営む社長から、こんな話を聞きました。「役員報酬を1,800万円から2,000万円に上げたのに、手取りが全然変わった気がしない。税理士の計算がおかしいんじゃないか」と、やや険しい顔で。

結論から言うと、計算ミスではありません。むしろ、税務上の「当たり前」が起きているだけです。ただ、これを事前に知っていた社長と知らなかった社長では、同じ2,000万円の報酬でも年間300万円以上の手取り差が生じることがあります。

2,400万円を超えると基礎控除が消える

所得税の計算では、「基礎控除」という控除が誰にでも適用されます。給与をもらっている人なら当然受け取れる、最低限の控除です。

2020年の税制改正以降、この基礎控除に所得制限がかかるようになりました。合計所得金額が2,400万円を超えると基礎控除が段階的に減少し、2,500万円を超えるとゼロになります。

役員報酬2,000万円前後という設定は、給与所得控除を差し引いた後の合計所得金額がちょうどこの2,400万円ゾーンに入りやすいのです。社長自身が意識していなくても、気づかないうちに基礎控除を失っているケースは多いです。

「報酬を上げれば手取りも増える」は正確じゃない

報酬を増やせば手取りも増える、という感覚は自然です。ただ所得税は超過累進課税ですから、収入が増えるほど高い税率が課されます。

2,400万円付近では、報酬を100万円増やしても手取りの増加は30〜40万円にとどまることが珍しくありません。基礎控除の逓減に、所得税率40〜45%のゾーン突入、住民税10%、社会保険料が重なるからです。「頑張って報酬を上げたのに、手元に残らない」という感覚は、そういう仕組みから来ています。

知っている社長がやっている3つの設計

賢い社長は、報酬の「総額」より「設計」を重視しています。

ひとつ目は、退職金原資への積み立てです。役員報酬を2,400万円以内に抑え、超過分を毎年積み立てて退職時に受け取る仕組みを作ります。役員退職慰労金は分離課税の恩恵があり、毎年の報酬に上乗せするより税負担が大幅に下がることがあります。現役時代の報酬を少し低く設定することで、生涯の手取り総額が増える逆転が起きるわけです。

ふたつ目は社宅の活用です。会社名義で物件を借り上げ、社長が低廉な賃料で入居する。住宅費という大きな生活コストを会社経費で賄えれば、報酬額はそのままでも実質的な生活水準が上がります。課税所得には影響せず、手取りを増やすのと経済的には同じ効果です。

三つ目は旅費規程・慶弔規程の整備です。規程に基づく出張手当や慶弔見舞金は、社長個人の課税所得を増やさずに会社が負担できます。年間で積み上げると、数十万円単位の差になります。

報酬を1円も変えずに手取りが変わる

「報酬額は同じなのに手取りが変わる」というのは、実際によくある話です。

役員報酬2,000万円・社宅なし・退職金設計なしのA社長と、同じ2,000万円でも社宅・退職金積み立て設計済みのB社長では、10年後の手元資産に数千万円規模の差が生じることがあります。単年度でも、社宅で年100万円の住居費を会社負担にし、退職金設計で実質的な手取り相当を税効率よく積み上げ、旅費規程で数十万円節税すれば、300万円という差は十分に出ます。

動けるタイミングは年に一度だけ

役員報酬は決算後3か月以内に変更しなければ、その期の損金に算入できません。タイミングを逃すと1年待つことになります。

気づいたときに動ける準備をしておくことが大切です。「自社の報酬と退職金・社宅の設計は最適か」という問いを、今期の決算前に顧問税理士に投げてみてください。一言確認するだけで、年間の手取りが変わることがあります。

2,400万円という数字だけでも頭に入れておくと、今後の報酬設定で判断軸になります。知っているか知らないかの差が、手取りの差に直結する典型的な例です。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。