先日、ある社長からこんな相談を受けました。「利益は出ているのに、手元にお金が残らないんです」。年商3億円の建設会社を経営する60代の方で、設立から12年、役員報酬を月50万円のまま据え置いていたのです。
「ずっとこの金額でやってきたから」という一言。
この判断が、毎年数百万円単位の損失を生み出していたとは、ご本人もまったく気づいていませんでした。
知っている社長と知らない社長の差
役員報酬は、一度決めると事業年度の途中で変更できない——これは多くの社長がなんとなく知っていることです。でも、だからこそ「毎期の決算前に来期の金額を真剣に検討している」社長は、実はかなりの少数派です。
税的に賢い設計をしている社長が毎年必ずやっていること。それは、法人の利益水準と、自分個人の所得税率を並べて比較する作業です。
法人実効税率はおおよそ34%前後が一つの分岐点になります。法人に利益を残してその税率で払うより、報酬として個人に移して所得税・住民税で処理した方が有利になるポイントが存在するのです。このラインを毎期意識して報酬額を設計できているかどうか——そこに大きな差があります。
内部留保は「一度課税されたお金」であることを忘れずに
ここで、意外と見落とされがちな話をします。
法人税を払った後に会社に残るお金——いわゆる内部留保——は、すでに課税済みのお金です。この点は重要です。
そのお金をいつか配当として社長個人が受け取ろうとすると、今度は配当所得として再び課税されます。法人で34%、個人でさらに20〜30%。二段階で課税されると、最初の利益の半分以上が税金として消えてしまうことになります。
「利益を法人に蓄えておけば安心だ」と思っている社長ほど、このリスクにさらされています。本来、報酬として適切に移しておけばよかったお金が、二重の課税コストを抱えることになってしまうのです。
社会保険料の「上限設計」という盲点
もう一つ、多くの社長が知らない設計ポイントがあります。社会保険料——特に厚生年金保険料——には、標準報酬月額に上限があるという事実です。
厚生年金の場合、上限は月額65万円です。つまり、月65万円を超えて報酬を受け取っても、厚生年金の保険料負担はそこで頭打ちになります。
「報酬を増やすと社会保険料もどんどん増えるから」と躊躇している社長がいますが、ある金額を超えたら保険料は増えないのです。この上限を活かして設計できるかどうかで、年間数十万円単位の差が生まれます。知っているかどうかだけで、手取りが変わってくるわけです。
「設立時のまま放置」がいちばん危険な理由
実際によくあるパターンが、設立当初に決めた報酬をそのまま10年以上据え置いているケースです。
設立直後は利益が読めないから控えめに設定する、というのは合理的な判断です。問題は、その後会社が成長して利益が積み上がっても、報酬を見直さないまま放置してしまうことです。
「変更するのが面倒」「今のままで生活できているから」「利益は会社に残しておけばいい」——こうした理由で据え置いている社長は少なくありません。しかし、利益が積み上がるほど法人税がかかり、後から個人に移す際にはさらに課税される。この構造が続くほど、累積の損失は大きくなっていきます。
年間500万円という数字は決して誇張ではありません。利益規模によっては、それ以上の差が出ているケースも珍しくないのです。
決算前に動くことの意味
役員報酬の定時改定ができるのは、事業年度開始から原則3ヶ月以内です。年に一度しかないこのタイミングを逃すと、次の期まで変更できません。
自社の利益水準、個人の所得税率、社会保険料の上限設計——これらを組み合わせて最適な報酬額を割り出す作業は、税理士と一緒にやるものです。ひとりで試算しようとしても、見落としや計算ミスのリスクがあります。
まだ役員報酬を設立時の金額のまま放置しているなら、今期の決算の数字が見えてきたタイミングで、担当の税理士に「来期の報酬を一緒に最適化してほしい」と相談してみてください。その一言が、年間数百万円の差を生むかもしれません。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。