少し前の話になりますが、年商12億の製造業を営む社長から、こんな相談を受けました。「顧問税理士に株価を試算してもらったら、評価額が5億8千万と出た。これって相続税、いくらになるの?」と。そのときの表情が今でも忘れられません。
会社の業績は右肩上がり。利益を積み上げてきた優良企業のはずが、その「健全経営」が相続リスクになっている——そういうケースが、年商10億を超えるあたりから一気に増えてきます。
なぜ優良な会社ほど相続税が重くなるのか
非上場会社の株式には、上場株のような市場価格がありません。そのため税法上の評価方法を使うことになりますが、規模が大きい会社や資産内容の良い会社は「純資産価額方式」で評価されるケースがあります。
これは会社の純資産(資産から負債を引いた額)をベースに株価を算定する方法です。長年にわたって利益を内部留保してきた会社ほど、この数字が膨らみます。社長自身は「会社の株なんて売れないし、実感がない」と感じていても、相続が発生した瞬間に税務署は「あなたは数億円の資産を持っていた」と判断するわけです。
仮に法定相続人が配偶者と子ども2人で、株の評価額だけで5億円あるとします。基礎控除は4,800万円ですから、課税対象は約4億5,000万円。実効税率を40%と仮定すると、相続税は1億8,000万円前後になります。「現金で1億8,000万円を即座に用意できますか?」という話です。ほとんどの社長にとって、答えはNoです。
まだ使える「評価圧縮」の三つの打ち手
株の評価額を合法的に引き下げる手法は、今もあります。代表的なものを整理します。
① 役員退職金で純資産を下げる
代替わりや役割変更のタイミングで退職金を支給すると、会社の純資産が下がります。評価の基準日に純資産が少なければ、株の評価額も連動して下がる。退職金は損金算入できるので法人税の節減にもつながります。
ただし「不相当に高額」な部分は損金不算入とされます。功績倍率や在任期間を根拠にした適正額の設計が不可欠で、税理士との綿密な事前シミュレーションが前提になります。
② 持株会社スキームで間接保有に組み替える
オーナーが事業会社の株を直接持つのではなく、持株会社(ホールディングス)を中間層として挟む方法です。持株会社は自社株しか保有していない受け皿法人なので、評価上の割引が入りやすい。また、将来の後継者に持株会社株を少しずつ渡していくことで、評価が低い段階から承継を進めることができます。
法人設立・株式移転・贈与と複数のステップを踏む必要があり、実行してから効果が出るまでに時間がかかります。「やろうと思ってから動いても遅い」手法の代表例です。
③ 事業承継税制(特例措置)を活用する
これが今、最も時間的プレッシャーのある選択肢です。
事業承継税制の特例措置は、後継者が自社株を相続または贈与で取得した際の税負担を最大100%猶予する制度です。一定条件を満たせば実質的に免除になるケースもあります。しかしこの特例措置、適用を受けるための「特例承継計画」の提出期限が2027年12月31日。
あと1年半ちょっとしかありません。計画策定から都道府県知事の認定取得、税理士との設計まで含めると、今年中に動き始めないと間に合わない可能性が高い。
「マンション節税」はもう終わった話
一点、重要な注意事項を。
2024年1月以降、区分所有マンション(いわゆるタワマンを含む)の相続税評価方法が大きく変わりました。従来は市場価格の20〜30%程度の評価額に抑えられていたものが、「評価乖離率」という新しい計算式の導入によって市場価格に近い水準まで引き上げられています。
「マンションを買えば相続税が安くなる」という手法は、ほぼ封じられたと考えてください。現時点で新たにマンションを購入しても、以前のような節税効果は期待できません。動ける窓口は着実に狭くなっています。
「まだ大丈夫」が一番危ない
相続対策の最大の敵は「時間」です。そして「健康」です。
社長が元気で判断能力がある今だからこそ、選択肢が広い。贈与も、持株会社への組み替えも、退職金設計も、意思決定できる状態でなければ動かせません。体調を崩してから慌てても、思うように手が打てないのが相続対策の怖さです。
まずは顧問税理士に「今の株価試算をしてほしい」と一言だけ伝えてみてください。それが全ての出発点です。試算してみて「思ったより低かった」ならそれで安心できる。「思ったより高かった」なら、今すぐ対策の優先度を上げる理由になります。
事業承継税制の特例期限まで、残り1年半。動けるうちに、動いておいてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。