先日、創業27年の精密部品メーカーを経営されている60代前半の社長から、こんな一言をいただきました。「会社は順調なんだけど、息子に引き継ぐとき相続税がどのくらいになるのか、怖くて調べられないんだよね」と。

試算してみると、内部留保が約3億円積み上がっていた会社の株式評価額は、相続税ベースで2億8,000万円ほどになっていました。相続税の実効税率が40%を超える水準だと、それだけで1億円超の税負担が発生する計算です。社長の顔色が変わったのは言うまでもありません。

真面目に経営するほど、相続税が重くなる皮肉

非上場の中小企業株式は、相続が発生したとき「純資産価額方式」で評価されることがあります。簡単にいうと、「会社の資産を全部売ったらいくらになるか」を基準にする評価方法で、内部留保が積み上がるほど評価額が高くなります。

長年コツコツと利益を内部留保してきた会社ほど、この数字は膨れ上がります。会社として資産を積み上げることは正しい経営判断ですが、相続という文脈では、それが「税負担の爆弾」に変わってしまうのです。

相続税の最大税率は55%。評価額が2億円を超えれば、株式だけで数千万円から1億円超の相続税が発生します。「会社の3分の1が消える」というのは、大げさでもなんでもない、現実の話です。

持株会社を挟むと、評価方法が変わる

ここで有効な手段として登場するのが「持株会社スキーム」です。仕組みはシンプルで、オーナーが直接保有している事業会社の株式を、新たに設立した持株会社に移転するというものです。

このとき、何が変わるかというと、株式の評価方法が変わります。事業会社を直接保有している場合は純資産価額方式で評価されることが多いのですが、持株会社を通じて間接保有する形にすると、「類似業種比準価額方式」という評価方法が適用されやすくなります。

類似業種比準価額方式は、上場企業の株価と比較して評価する方法で、一般的に純資産価額方式よりも大幅に低い評価額になります。実務では、評価額が3分の1から2分の1程度に下がるケースが多く見られます。

数字でイメージしてみると

純資産価額方式で3億円と評価されていた非上場株式が、類似業種比準価額方式の適用によって1億円程度の評価になったとします。

相続税率が45%の課税水準なら、評価3億円なら約1億3,500万円の相続税になるところが、評価1億円なら約4,500万円程度まで下がります。差額は実に9,000万円超。会社の規模や内部留保の状況によっては、それ以上の節税効果が出ることもあります。

持株会社の設立は「会社を複雑にするだけ」と思われがちですが、事業承継の文脈では、将来の相続税負担を大幅に軽減する、非常に効果的な手段になります。

「急いで設立」は税務署に目をつけられる

ただし、ここで重要な注意点があります。最近、税務署による租税回避行為の否認事例が増えています。

持株会社の設立が、明らかに相続税逃れのためだけに行われたと判断されると、税務調査で否認されるリスクがあります。特に危険なのは、相続の直前に慌てて設立するケースです。設立から一定期間の実態ある運営履歴があることや、事業上の合理的な理由があることが求められます。

また、事業会社株式の移転方法も重要です。適正な対価での売買、現物出資、株式交換など複数の選択肢がありますが、誤った方法を選ぶと持株会社の設立自体に多額の税金がかかることもあります。スキームの設計は、事業承継に精通した税理士と一緒に進めることが必須です。

動き出すなら、今がちょうどいい

事業承継対策は「早めに動いた人が有利」というのが鉄則で、これは持株会社スキームでも同じです。評価圧縮の効果を最大化するには、内部留保がさらに積み上がる前に手を打つことが大切ですし、税務上の実態を積み上げる時間も必要です。

「まだ先のこと」と感じている社長ほど、5年後に「なぜもっと早く動かなかったのか」と後悔することになります。60代後半になってから急いで動いても、使えるスキームの選択肢は確実に狭まります。

今の会社の株式評価額がどのくらいになっているか、まずは税理士に試算してもらうだけでも大きな一歩です。「うちはまだ大丈夫」と思っている会社ほど、試算してみると予想以上の数字が出てくることが多いものです。

事業承継の準備に「早すぎる」はありません。今期の決算が終わったタイミングで、一度相談の席を設けてみることをおすすめします。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。