先日、売上10億円規模の製造業を営む社長から、こんな連絡が来ました。「M&Aで会社を売ることになったんですが、税金が思ったより全然残らなくて…」。

計算してみると、株式評価の圧縮を一切していなかったために、承継絡みの贈与税・相続税だけで3億円近い課税が発生する見込みでした。悔しいことに、もう手の打ちようがない段階での相談でした。

こういったケースは、残念ながら珍しくありません。M&Aと事業承継を別々に考えてしまい、株式評価の設計を後回しにした結果、取り返しのつかない損失を被る社長が後を絶たないのです。

税務署は絶対に教えてくれない「評価額の差」

M&Aで会社を売るとき、多くの社長は「いくらで買ってもらえるか」にだけ目を向けます。しかし、事業承継とM&Aを連動させた設計をしているかどうかで、手元に残るお金が億単位で変わってきます。

見落とされがちなのが、自社株の評価額です。オーナー社長が保有する株式は、相続税・贈与税の世界では「財産評価基本通達」に基づいて評価されます。この評価額が高いまま承継が進むと、税負担が膨れ上がります。

税務署は、当然ながらこのことを教えてくれません。「こういう設計をすれば節税できますよ」と言ってくれる窓口は、どこにも存在しないのです。だからこそ、知っている人だけが得をする世界になっています。

持株会社を使った株式評価圧縮の仕組み

有効な手法のひとつが、持株会社(ホールディングス)の設立です。

オーナーが直接保有していた事業会社の株式を、新たに設立した持株会社に移します。すると、持株会社の株式評価には「純資産価額方式」が適用されることが多く、法人税等相当額(評価額の約37%相当)を控除できます。事業会社を直接保有するより、評価額を大幅に引き下げられる可能性があるのです。

さらにここに、類似業種比準方式を組み合わせると、節税効果がもう一段高まります。

3億の差を生む「類似業種比準方式」との組み合わせ

類似業種比準方式とは、同じ業種の上場企業の株価を参考に自社株を評価する方法です。自社の利益・配当・純資産が相対的に低い状況を活用すると、評価額を大幅に下げることができます。

たとえば、決算期前に役員退職金を支払って利益を圧縮しておくと、類似業種比準方式で算定される評価額が下がります。これを持株会社スキームと組み合わせることで、評価額の差が3億円を超えるケースも実際に出てきます。

この設計を早期に実行できた社長と、M&Aの直前まで何もしなかった社長とでは、手残りに天と地ほどの差が生まれます。

M&Aを考え始めた段階で動くのが正解

よく聞くのが「M&Aが決まってから税理士に相談した」という話です。しかし、具体的な話が進んでからでは、手を打てることがほぼありません。

株式評価の圧縮スキームを組むには、最低でも1〜2年のリードタイムが必要です。持株会社の設立、株式移転、決算期の調整など、一連の手続きには時間がかかります。「もう少し早く動いていれば」という後悔を、何人もの社長から聞いてきました。

M&Aをいつか考えているなら、まず自社の株式評価額を確認することが最初の一歩です。現状を把握するだけでも、取れる選択肢がまったく変わってきます。

スキームには税務否認リスクもある

一点、重要な注意があります。

株式評価の圧縮スキームは、適切に設計・実行されれば有効な節税手法ですが、目的が明らかに節税のみと判断される場合、税務当局から「租税回避行為」として否認されるリスクがあります。特に、M&Aの直前に慌てて持株会社を設立するような動きは危険です。

事業上の合理性を示しながら、長期的な視点でスキームを設計することが大切です。このあたりの判断は非常に繊細で、税務の知識と実務経験の両方が問われる領域です。


M&Aを検討している、あるいは将来的に事業承継が視野に入っているなら、今期中に一度、株式評価の現状確認を専門家と一緒にやっておくことをおすすめします。動けるタイミングは、思っているより早く来ます。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。