先日、都内で不動産業を営む社長からこんな相談を受けました。「10億円の収益ビルを買おうと思っているんだけど、個人と法人、どっちがいいですか?」と。
その社長は「法人のほうがいいんでしょ?」と半分答えを知っているような顔で聞いてきましたが、実は「法人」と一口に言っても、どんな法人スキームで取得するかによって、将来の手取りが数億円単位で変わってくるんです。
個人で買うと、売るときに泣く
まず、個人で10億円の収益不動産を購入した場合を考えてみましょう。
購入時は問題ありません。ローンを組んで毎月家賃収入を得て、経費を引いて、残った分に所得税・住民税がかかる。ここまではよく知られた話です。
問題は売却時です。個人で不動産を売ると、譲渡所得に対して約20%(5年超保有の長期譲渡)の税金がかかります。10億円で買ったものが15億円になっていれば、5億円の利益に約20%で1億円の税金。これは痛い。
さらに、個人の所得に不動産収入が乗っかると、毎年の確定申告で累進課税が重くなり、高所得の社長ほど不利になります。
SPC+ノンリコースローンという選択肢
一方、知っている社長が選ぶのがSPC(特別目的会社)を使った取得スキームです。
SPCとは、その物件を保有するためだけに設立した法人のこと。資産・負債をメイン法人から切り離せるため、リスクの分離と税務設計を同時に行えるのが特徴です。
ローンはノンリコースローン(非遡求型融資)を活用します。通常のローンは借主個人や会社全体に返済義務が及びますが、ノンリコースは対象物件のキャッシュフローだけを返済原資とする仕組み。万が一物件の収益が落ちても、他の資産に影響が波及しにくいのが大きなメリットです。
減価償却で年1,000万円超の節税も
SPCで取得した建物は、法人の会計上で減価償却費として損金計上できます。
10億円の物件のうち、土地が4億円・建物が6億円だったとします。建物の耐用年数(RC造なら47年)で割ると、年間の減価償却費は約1,280万円。これがそのまま課税所得から差し引けるわけです。
法人実効税率を約30%とすれば、年間380万円以上の節税効果が継続的に生まれます。さらに建物付属設備(空調・エレベーター等)を分けて計上すれば耐用年数が短くなり、初期の節税効果はより大きくなります。
持株会社との組み合わせで損益通算も
「うちはすでに持株会社があります」という社長なら、もう一段上のスキームが使えます。
SPCを持株会社の傘下に置き、グループ法人税制を活用することで、グループ内の黒字法人と赤字法人の損益を通算できるケースがあります。
たとえば、SPCが減価償却で赤字になっている年に、メイン法人が黒字の場合、連結納税制度(グループ通算制度)を選択していれば、グループ全体の税負担を圧縮できます。10億円規模の物件であれば、この効果だけで数百万円単位の差が生まれることもあります。
「法人で買う」だけでは足りない理由
ここまで読んで、「じゃあSPCを作って買えばいいんだな」と思った社長、少し待ってください。
SPCスキームは設計が複雑で、物件の種類・規模・保有期間・出口戦略によって最適な構造がまったく変わります。ノンリコースローンは金利がやや高めで、銀行によっては組成できないケースもある。持株会社の活用も、グループ通算制度への加入タイミングや既存の株主構成によって使えるかどうかが異なります。
「知っている」だけでスキームを組むと、思わぬ落とし穴にはまることがあります。スキームの全体像を把握した上で、不動産×法人税務に精通した専門家と一緒に設計することが不可欠です。
差は「知っているか」ではなく「動いたか」
10億円の収益不動産を個人で買う社長と、SPCを活用した法人スキームで買う社長——どちらも最初から差があったわけではありません。差が生まれるのは、「知った上で動いたかどうか」だけです。
大型不動産の購入を検討しているなら、スキームの検討は物件探しと並行して始めてください。購入後に「やっぱりSPCにしたかった」では、組み替えるコストと手間が大きすぎます。今まさに購入を考えているなら、まず専門家に相談してみることをお勧めします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。