先日、付き合いの長い製造業の社長からこんな電話がありました。
「3年前に事業承継税制を使って息子に自社株を渡したんだけど、最近グループ内の子会社を整理しようと思ってね。顧問税理士に話したら、急に顔色が変わって……」
その社長が整理しようとした子会社の株式を動かすだけで、猶予されていた数億円の税金が一括で戻ってくるリスクがあったのです。間一髪で踏みとどまれましたが、相談なく動いていたら取り返しのつかない事態になっていました。
「猶予」と「免除」は全然ちがう
事業承継税制の特例措置とは、後継者が先代から自社株式を引き継ぐ際にかかる贈与税・相続税を「猶予してあげる」制度です。適用すれば億単位の税負担が一時的に凍結されるため、多くの中小企業オーナーが活用しています。
ただ、ここに根本的な誤解が生まれやすい。
「猶予」は「免除」ではありません。 時計が止まっているだけで、税金は消えていないのです。
一定の条件が揃って初めて免除に転じますが、それまでの間にトリガーを引いてしまうと、凍っていたすべてが解けて一気に流れ出します。
猶予が取り消される「トリガー」は身近にある
取消事由として代表的なものを挙げると、後継者が役員を退任した場合、保有株式の比率が下がった場合、そして会社を売却(M&A)した場合などがあります。
特にM&Aは要注意です。ここ数年で中小企業のM&A件数は急増しており、「いい条件が来たから売ろう」と判断する社長が増えています。しかし事業承継税制を使っていた場合、売却のタイミングで猶予が全額取り消されます。
猶予税額が1億円だったとして、5年後に取消事由が発生した場合、1億円に加えて利子税(年2〜3%程度)が一括請求されます。5年分の利子税だけでも1,000万円を超えます。これをキャッシュで即座に用意できる会社は、決して多くありません。
毎年の届出を1回忘れると「全額アウト」
もう一つ、現場で本当によく聞くのが「継続届出の失念」です。
事業承継税制を適用した後は、毎年1回、税務署に継続届出書を提出しなければなりません。これを1度でも出し忘れると、猶予は全額取り消し。猶予税額と利子税がまとめて請求されます。
「そんなの顧問税理士がやってくれているでしょ」と思いたいところですが、担当者の引き継ぎが漏れていたり、事務所内の管理が徹底されていなかったりして、気づいたときには取り消し済み、というケースが実際に起きています。
適用後は他人任せにせず、年に一度、自分でも提出状況を確認する習慣をつけてください。
2027年末の「本当の意味」を理解する
2027年12月31日が申請期限というのは多くの社長が知っています。しかし本質的な問題はその先です。
特例を使い始めた後の運用が、長い年月にわたって続くということ。役員構成の変更、株式移動、M&A、持株会社への組み替え——経営判断のたびに「これは取消事由に触れないか」を確認し続ける義務が生じるのです。
今から動くべき人は2種類います。
すでに特例を適用している方は、過去3年の経営判断の中に取消事由が潜んでいないか、今すぐ専門家と棚卸しすることをお勧めします。特にM&A検討中の方は、動く前に必ず確認を。
まだ申請していない方は、2027年末から逆算したスケジュールを今すぐ組んでください。都道府県への認定申請から適用完了まで数ヶ月かかります。「来年でいいや」という感覚は、2027年においては致命的です。
知っていれば防げるリスクを、知らずに踏んでいる
冒頭の社長は、顧問税理士のひと言で踏みとどまることができました。しかし毎年届出を正しく出せているか、取消事由に触れる判断をしていないかを、定期的に確認できている会社は決して多くないのが現実です。
事業承継税制の特例は、正しく使えば会社と家族を守る強力な手段になります。ただしそれは、使い続ける間ずっとメンテナンスが必要な制度です。
2027年末まで残り1年半を切っています。まだ対策を始めていないなら、今期中に事業承継に精通した税理士に相談することを強くお勧めします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。