先日、従業員35名を抱える製造業の社長から、少し青ざめた顔で相談を受けました。「事業承継税制を使って息子に株を渡したんですが……今期、人員整理を考えていて。問題ありますよね?」

その社長は数年前、顧問税理士のすすめで特例事業承継税制を活用。自社株の贈与税数千万円が猶予され、「これで承継問題は解決した」と安心していたそうです。

ところが事業が想定より苦しくなり、リストラを検討せざるを得なくなった。そこで初めて、制度の「縛り」を実感したと言います。

事業承継税制は確かに強力な制度です。でも、仕組みを正しく理解しないまま使うと、後から経営の足かせになることがあります。今日は「なぜこの制度が思ったより使えないのか」、率直にお伝えします。

後継者就任後5年間、従業員を減らせない

まず雇用維持要件の話からです。

後継者が就任してから5年間、毎年の従業員数を「平均で就任前の80%以上」に維持し続ける義務があります。30人の会社なら、5年間ずっと24人以上をキープしなければいけません。

この制約が問題になるのは、承継後に経営環境が変わったときです。業績悪化でやむなくリストラを検討した、あるいは事業を絞り込んで身軽にしたい――そういった経営判断が、制度によって封じられてしまいます。

要件を1度でも下回ると、猶予されていた税金が利子税も込みで一括請求されます。数千万円が突然返ってくる、という事態になりかねません。承継前には想像しにくいですが、5年後の経営環境が今と同じとは誰にも言えないのが現実です。

今から新規申請はできない

次に、制度そのものの入口が閉まっている、という点です。

特例事業承継計画の提出期限は、2024年3月末に終了しました。今から「使いたい」と思っても、特例税制の適用を新規で受けることはできません。これはもう覆らない事実です。

注意が必要なのは、すでに計画を提出・適用している方です。2027年12月末までに実際の贈与や相続を実行しなければ、特例の対象外になります。残り約1年半。スケジュールをまだ具体化していない方は、早急に担当税理士と確認を取ってください。

「計画は出したけれど、実行はまだ先でいい」と後回しにしていると、気づいたときには期限切れ、ということになりかねません。

猶予は免除ではない。売却した瞬間に終わる

そして、最も誤解が多いのがこの点です。

事業承継税制は税金を「免除」するものではなく、あくまで「猶予」です。後継者が経営を続けている間は支払いを先送りできますが、条件が変わればその瞬間に猶予が取り消されます。

具体的には、後継者が株式を売却した場合や、会社が合併・解散した場合などが取り消し事由です。将来のM&Aや事業売却を出口として考えている会社には、制度として根本的に向いていません。

免除が認められるのは後継者本人が亡くなった場合など、ごく限られた事由のみです。「いつかは売却もあり得る」と漠然と考えている経営者が軽い気持ちで使うと、将来の経営選択肢を自ら狭めることになります。

結局、誰に向いているのか

整理すると、この制度が本来の効果を発揮するのは、次の条件がそろった場合です。後継者がすでに経営に参画しており長期的な継続意思が固いこと、事業規模を大幅に縮小する予定がないこと、そしてM&Aや事業売却を出口として想定していないこと。

この3つが揃って初めて、税負担の軽減というメリットが意味を持ちます。「節税になるから使っておこう」という動機だけで飛びつくと、後々の経営判断を縛ることになります。活用前に「この会社の将来像に本当に合っているか」を慎重に問い直すことが大切です。

2027年末が近い今、まず現状を確認してほしい

すでに特例事業承継計画を提出・適用済みの方は、2027年12月末という期限が目前に迫っています。贈与や相続の実行スケジュール、雇用維持要件の充足状況、これらを今一度、担当税理士と確認しておくことをおすすめします。

「まだ大丈夫」と思っていても、期限というのは意外と早く来るものです。動けるうちに動いておくことが、最大のリスク対策になります。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。