先日、年商3億円の印刷会社を経営する60代の社長から、こんな相談を受けました。「そろそろ息子に会社を譲ろうと思っていて、事業承継税制を使えば税金がゼロになると聞いたんですが、今から手続きすれば間に合いますよね?」
正直に申し上げるしかありませんでした。「状況によっては、特例はもう使えない可能性が高いです」と。
その場の空気が変わったのを、今でも覚えています。
事業承継税制の特例措置は、非上場株式を後継者に贈与・相続する際の税金を実質ゼロにできる、中小企業オーナーにとって最強クラスの節税制度です。うまく使えれば、数千万円から億単位の節税になります。
ただ、この制度には見落としやすい「落とし穴」が3つあります。知らないまま後回しにしていると、取り返しのつかない事態になりかねません。
落とし穴その1:計画提出の締め切りは、すでに終わっている
特例措置を使うには、まず「特例承継計画」という書類を都道府県に提出する必要がありました。この提出期限が2024年3月31日でした。つまり、今日から新たに申請しようとしても、その門はすでに閉じています。
「そんな話、顧問税理士から一度も聞いていない」という社長がいるのも現実です。事業承継税制は専門性が高く、顧問税理士が積極的に案内しないケースも少なくありません。計画書を提出済みの方は引き続き特例を使えますが、未提出の方は残念ながら対象外です。
なお、一般措置(猶予割合が特例より低い旧制度)は現在も利用できます。特例が使えなくても完全に手詰まりではありませんが、節税効果は大きく下がります。
落とし穴その2:要件は「一つでもアウト」
特例承継計画を提出済みの社長も、ここで油断は禁物です。後継者と会社が定められた要件をすべて満たしていないと、猶予されていた税金が利子税も含めて全額一括で請求されます。
後継者に求められる主な条件は、代表者への就任、そして議決権の50%超を保有していること、この2点です。一見シンプルに見えますが、実務では問題が起きやすい。
たとえば「代表には就任したが、持株比率が49%で50%を超えていない」という状況。この1%の差が、数千万円単位の課税につながることがあります。株式の移転計画を立てるとき、この要件を後回しにしてしまうのがよくあるパターンです。
また、制度を維持するには毎年の継続届出が必要で、一度申請したら終わりではありません。書類の出し忘れだけで猶予が取り消されるリスクもあります。定期的に専門家に確認してもらう体制が欠かせません。
落とし穴その3(最重要):2027年12月31日、制度が消える
これが、最も意識されていない最大のリスクです。
事業承継税制の特例措置は、2027年12月31日までに贈与または相続を完了させることが絶対条件です。この日を1日でも過ぎると、特例の適用は受けられません。猶予の取り消しではなく、制度そのものの期限です。
「まだ2年以上ある」と思うかもしれません。ただ、実際の事業承継には想像以上の時間がかかります。株式の評価額の算定、後継者の経営体制の整備、金融機関への根回し、株主や取引先への説明——これらをすべて終えてから、贈与・相続の手続きに入ることになります。
経験上、準備を始めてから実際の承継完了まで、1年半から2年かかるケースが多いです。2026年の後半から動き始めたのでは、物理的に間に合わない可能性が出てきます。
さらに、「年末ギリギリに急いで贈与すればいい」という発想も危険です。株価が高いまま贈与しても、将来のリスクは残ります。できれば決算期や業績を見ながら、株価を抑えたタイミングで実行するのが理想的です。そのためにも、今から逆算して動く必要があります。
残された時間は、思っているより短い
事業承継税制の特例は、中小企業オーナーにとって一生に一度使えるかどうかの制度です。使いこなせれば大きな恩恵を受けられますが、ミスすれば数千万〜数億円の課税が一気にのしかかります。
計画書の提出が済んでいる方は、今すぐ2027年末から逆算してスケジュールを組んでください。顧問税理士に「事業承継、いつまでに何をすべきですか」と確認するだけでも、現状が見えてきます。
まだ何も動いていない方は、特例は使えませんが一般措置や他の対策と組み合わせる選択肢があります。後継ぎを持つ社長にとって、株式の承継は避けて通れない問題です。「そのうち考えよう」が一番のリスクだと、現場で何度も見てきました。
今期中に、事業承継を専門とする税理士に一度相談することをおすすめします。相談だけなら無料で受け付けている事務所も多いので、まずは現状を診てもらうところから始めてみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。具体的な税務判断は税理士にご相談ください。